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2006年9月14日 (木)

53 自分のため、会社のため、社会のため、子孫のため

自分の人生を振り返ってみると、若い頃は自分のためや結婚してからは家族のために働きました。しかし会社で、ある立場に立たされふと気がつくと、自分は自分の所属する部署や会社のためだけに働いていました。それは50歳になる少し前のことです。そこで「50歳の反省」が始まった訳ですが、最終的な結論としては55歳からは「社会のため」に働くことを決意したのでした。それからというもの、ではどのような形で社会に役立てるのかを考え続けました。得た答えは、自分たちの世代が、良かれと思って働いた結果ではあるが、今日の様な環境問題を作り出してしまったのだから、為すべきはこれを可能な限り我々が受け取った時と同じような形で次の世代に渡す事だというものでした。

勿論「覆水は盆に還らない」ものですから、掘り出して使ってしまった資源を鉱山や油井に戻すことは出来ません。しかし、自然の生態系であれば、少しずつでも修復することは可能だと思いました。自分ひとりでも、例えば「木を植えた男」の様な地道な行動を起こす事も可能ですが、投稿者が選択した道は、「環境おじさん」になって、環境の重要性を「口を酸っぱくして説きまわる」という役柄でした。自分のため、会社のために働いた年配者が、問題を先送りにしたまま、再度自分のためだけの「楽隠居」生活に入る事は、社会的には許されないのだ、と投稿者は固く思い込んでしまったのです。更に言えば、全ての人は最終的(棺おけに入る前)には子孫のために働く事が求められるのだ、ということになります。実際にご先祖さまは、我々に美田や美林や里山を残す事でそのように行動してきました。ある年齢以上になった人は、自分が歩いて来た道をじっくり反省し、もはや次の世代から年金を貰いながら「自分のためだけに生きるわがまま」は許されないと覚悟を決めるべきです。我々が貯めてきたと信じている年金は、とっくに今のお年寄りに使われてしまっているのですから。

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