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2006年10月25日 (水)

113 水素社会批判

21世紀は水素社会だという人がいますが全く信じていません。理由は、水素源を何に求めるかの議論ができていないからです。確かに、燃料電池や水素の直接燃焼では生成物は水ですから、CO2や有害なガスは出ないでしょう。水素からのエネルギー変換効率も高いです。しかし、水素源を天然ガスや石油やアルコールに求める限り、少なくともCO2の発生は防げません。砂漠の太陽光と海水を使って水素を作り、水素タンカーで運ぶなどという荒唐無稽なアイデアを出している学者もいますが、神経を疑います。もし砂漠が無尽蔵のエネルギー畑になるとしても、どこの国がその土地を貸してくれるでしょうか。それがもし本当に儲かるならば、油田と同じように利権が発生し奪い合いが生ずる筈です。

持続可能なエネルギー源は、太陽エネルギーが形を変えたものしか考えられないはずです。もし太陽光と水だけを使って水素発生が可能なら、日本の国土の面積に応じて一部はまかなうことは可能でしょう。しかし、どう考えても結局水素社会は到来しないでしょう。その意味で何千人、もしかして何万人もの研究者を燃料電池の研究に縛り付けるのは全くナンセンスです。それより、最新のテクノロジー(例えばスターリングサイクル)を使った「スーパー木炭自動車」や長く乗っても疲れにくい「超自転車」でも研究したほうがよっぽど21世紀の社会のためには貢献するでしょう。

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