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2006年11月 4日 (土)

126 自然へのにじり寄り

「自然」とは、もし勝手の放っておけば自らそのようになる姿のことです。人間ももし自然の一要素であるならば、現在までに人間がやりたい放題をした結果として、現在の地球の姿があるのもやはり「自然の為せる技」だとも言えるかも知れません。しかし、そうではないというのが投稿者の考え方です。やりたい放題の結果が何をもたらしてきたかは、歴史を見れば明らかです。自然の復元力は、一定以上の環境負荷には耐え切れず、結果としては逆戻りのできない荒廃をもたらします。現在砂漠となっている場所のかなりの部分は、実は人間活動の結果として砂漠化されたのです。特に半乾燥地域での森林の伐採や家畜の過放牧は、破局的な砂漠化を結果します。アメリカ中西部、中国内陸部、中東、中央アジアやアフリカの一部で、過去大規模な森林伐採や過放牧が行われた結果として、現在は砂漠地域が広がっています。

今後必要な事は、自然への対決ではなく、自然へのにじり寄りだと思うのです。にじり寄りとは、全ての活動において、自然のメカニズムを尊重し、現在の人間活動をそれに一歩でも近づける努力をするということでもあります。その結果、これまで粗末に扱ってきた自然に許しを請い、再度その恵みに預かるという姿勢になるでしょう。このブログも段々結論に近づいてきましたが、そのための行動指針に関しては、まだまだ具体例を示し足りないような気がしていますので、今後更に書き継いで行くことにします。

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