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2006年11月14日 (火)

140 律儀な自然、自然に対する律儀さ

季節の移ろいに敏感になってきたのは、実は歳のせいかもしれません。新聞などで見かける俳句や短歌なども、近頃は結構心にしみる年齢になったような気がします。その証拠は、例えば俳句に歌いこまれる季語ではないのですが、半月毎に変化し二十四個もあるという日本の季節の刻みに、ふと気がつくという些細な事が喜びになってきたということでしょう。

自然は実に律儀です。これからの季節は雨が降るたびに1℃くらいずつ気温が下がり、紅葉が山から里に降りてきて、夏の植物が休眠に入ります。果物や木の実を実らせ、動物達にも冬篭りの準備を催促します。広葉樹は葉への養分補給を止め、葉緑素の再生を中止します。結果葉が落ちますが、一方でその葉の根元に来春の芽を準備します。動物たちは、木の実を食べ、或いは体に種子をつけて遠くへ移動し、そこで新しい植物の種を蒔きます。

律儀でないのは実は人間だけなのかも知れません。例えば、勝手に種の無い植物を作り遺伝子をいじって品種を改良(改悪?)し、その種や茎や葉を廃棄物として焼却しているのは全く律儀でない証拠でもあります。いま自然に対して最も律儀なのは、日本では田舎に住むお年寄りたちだけになってしまいました。彼がまだ元気なうちに、是非我々世代や子供たちにその律儀さや律儀に暮す知恵を残しておいて貰いたいものです。

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