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2006年12月10日 (日)

173 宮崎駿的自然観

日本人が古来から持ち続けてきた自然観は、「トトロ」や「もののけ姫」に代表され、一貫して宮崎作品の底流を流れる「宮崎駿的自然観」に結構近いかも知れません。我々の祖先は、太陽や山や大木や滝や大きな岩に人格(神格)を見出し、それを敬ってきたのでした。その証拠は、各地にある神社のご神体が何であるかを考えて見れば全く明らかです。それは、自然物に対する畏敬の念であり、暗闇や嵐や雷などの自然現象への恐れに基づいた自然観でもあります。50代半ばである投稿者にも、この自然観はスンナリ理解できます。それは、たぶん子供時代にこれらの自然が色濃く残っていた田舎で暮して居た事が大きな影響を与えていると考えています。

その意味で、まだ自然の残っている田舎で暮らす経験こそが、宮崎駿的自然観を持ちながら自然に寄り添う事ができる人々の条件になるかも知れません。都会で生まれ育った現代の若者や子供達にそれを理解してもらおうと考えるのはどだい無理な話かもしれません。それが、環境カウンセラーとして数年間活動してきた経験からの感触でもあります。しかしながら、この壁をブレイクしない事には、環境おじさんとしては失格になってしまいます。救いは、よく社会や自分自身について考える若者ほど「このままではいけない」との危機感を持っているという事実です。彼らを含めた若者世代が宮崎駿の作品群からどんなメッセージを受け取ったか、じっくり聴いて見たいものです。何より田舎での生活体験こそが必要です。近い将来は、是非そのための枠組み作りに携わりたいとも考えています。

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