« 189 太陽光発電 | トップページ | 191 自転車社会のススメ »

2006年12月23日 (土)

190 誰にとっての損得

人は損か得かを常に考えます。そして多くの場合は、得とは「自分にとっての得」のことになるでしょう。損得の計算はそれ自体悪いことではないにしても、問題は損得勘定が非常に短期的な視点で判断されることです。具体的には、人間は長くても自分の一生程度のスパンで算盤をはじいてしまいます。その結果何が起こったかは、既にこのブログでもクドクドと書き連ねてきました。そうです環境問題は、短すぎるスパンでの損得勘定によって発生しているのです。

ナバホインデアンは、部族の方針を決定するに当たって「7世代後の子孫の幸福」を考えると言われています。アメリカ西部の急激な開拓や銃によるバッファローの大量殺戮は、彼らにとっては絶対許されざる行為に見えたはずです。アメリカの「西洋人による建国」からほぼ7世代経過した現在、彼らの子孫である「ネイティブアメリカン」が現在幸せに暮らしているか現地で確認するまでもなく、白人の開拓に強力に抵抗した彼らの決意は正しかったのでしょう。

人には目先の事しか見えないので、大きな損得に関しての決断は、結局それが「歴史」にならなければ正しく評価できないもののようです。その意味で、いま手をつけなければならない環境問題を、お金の損得で判断する危険をもっとまじめに考えて見るべきでしょう。

|

« 189 太陽光発電 | トップページ | 191 自転車社会のススメ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 190 誰にとっての損得:

« 189 太陽光発電 | トップページ | 191 自転車社会のススメ »