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2006年12月30日 (土)

197 移動の是非を考える

携帯電話や電子メールが全く普通の通信手段として使えるようになった現在、通勤通学を含め毎日人々が移動しなければならない必然性は大きく薄らいできたはずです。工場でモノを加工する人達には確かに通勤する必然性があるでしょう。しかし、多くのサラリーマンが事務仕事をするために、電車や車を使って、込み合う朝の時間帯に通勤する必要は全くないと感じます。その多くの時間をメールの応答やパソコンでの文書・データ作成に費やしているのであれば、家でも十分その仕事はこなせるはずです。会社のメールは、自動転送にしておけば全て家のパソコンでもチェック可能です。あとは、定期的な会議や連絡のため、週に数回込まない時間帯に会社に顔を出すだけで良いはずです。顔を見ての複数人でのミーティングが必要なら、パゾコンに接続して使う無料の「スカイプ」も活用できます。

毎日通勤して会社に通うのは、実は人間にとっては何か安心の出来る「習慣」の様なものではないか、と通勤をしなくなってしみじみ感じます。というのも、投稿者が通勤の習慣が無くなって始めた「習慣」といえば、論文の作成時期でもあったのですが近くの図書館通いであったからです。勿論それは、収入が減った事に関する「同居人」の小言から逃れる意味もありますが。という訳で、時間が有り余っている人を多く見かける図書館で、団塊の世代を含めた退職者の「新しく、有意義な習慣」を考えることが当面の「仕事」になっています。

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