« 197 移動の是非を考える | トップページ | 199 石油枯渇歓迎論 »

2006年12月31日 (日)

198 新しく有意義な習慣

197で述べた、時間をもてあましている人の「新しく有意義な習慣」をすこし考えてみましょう。人間が最も生甲斐を感ずる瞬間は、「達成感」が得られた時でしょう。マラソンレースに参加した人が完走した時、会社の小さなプロジェクトが完了した時、あるいは試験に受かった時、人は達成感を感ずるはずです。しかし毎日達成感を味わう訳にもいきません。次善の感覚は「効力感」である、と投稿者は考えています。効力感とは、「自分が何か、或いは誰かの役に立っている」という感覚の事です。例えば、他人に対する小さな親切やボランティア活動で受けた「ありがとう」の一言が、効力感を感ずる時に当たるでしょう。

という訳で、効力感を感ずるにはまず人や自然などに対する働きかけが必要です。働きかけの無いところに結果も感謝も存在しないからです。暇をもてあましている人は、まず働きかけの「場」を作る事から始めなければなりません。それは自分の家の車庫でも良いし、地域の集会所でも良いし、使われなくなった空き店舗で良いわけです。一方で行政は、これらの「たまり場」の提供に力を貸す必要があります。次には、地域に貢献できる「作業」を考え出す必要があります。内容は何でも良く、とにかくそれが地域のためになりさえすれば良いのです。特に有意義なことは、例えば壊れたモノの修理、ゴミ拾い、ゴミの完全分別、草刈、花壇の手入れ、カーブミラーの清掃、ドブさらい、空き地でのミニ農園、子供の遊び道具作り指導、公園の遊具の給油、落書き消し、でも望ましくは生きていく為の知恵の伝承、などなど。確かに昔の年寄りは、毎日何がしかの「地域の作業」をこなして、一日を暮していました。これらはいわば地域の「小さな環境保全活動」だったのです。

なんとなく8月から書き始めたブログですが、ここまでで書きたかった事の2/3くらいは書けたような気がします。新たに頭に浮かぶ事もあり、あたりまえですが書くことが無くなるまでは続けます。良いお年をお迎えください。

|

« 197 移動の是非を考える | トップページ | 199 石油枯渇歓迎論 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 198 新しく有意義な習慣:

« 197 移動の是非を考える | トップページ | 199 石油枯渇歓迎論 »