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2007年1月 1日 (月)

199 石油枯渇歓迎論

明けましておめでとうございます。今年は特に出かける予定も無いので、元旦からブログ三昧です。

さて養老猛は確かに尊敬に値する論客ですが、その彼がある雑誌でタイトルを付けるとすれば「石油枯渇歓迎論」と呼ぶべき論点を述べていました。いわく、石油が無くなるとコンクリートが作れなくなるので、人は木造住宅を土地に余裕のある地方に立てざるを得なくなり、人口の地方分散が進む。いわく、原料や製品輸送用の燃料が無くなるので、自然に地産地消の経済で進むしかなくなる。また、石油や電力に頼った自動化が出来なくなるため、人力に頼る割合が多くなり、結果メタボリックシンドロームも減る。更に、近代の戦争は石油の利権に絡んだものが殆どであり、石油が無くなれば利権も消滅し、同時に戦艦も航空機も戦車も動かなくなるので世界は平和になる。などなど。つまりは良い事づくめであるから、省エネなどせず石油は使うだけ使って枯渇させれば良い、といういささか乱暴な議論なのです。

強引で乱暴な点を除けば、いずれも的を射ており、ついうっかりうなずいてしまいそうです。しかし「チョッと、チョッとチョッと待った」です。突然石油が枯渇すれば話は簡単ですが、徐々に無くなる過程では、最後の利権争いの戦争は間違いなく激化するはずであり、何より石油の消費が今の調子で進むとすれば、地球の環境の方が持たないはずです。CO2は700ppmにもなり、平均気温は数度上昇する地球環境が、いかにすさまじいものであるかを想像すれば、その頃には間違いなくこの世に居ないであろう養老氏の暴論にそのままうなずく事は出来ません。投稿者の立場は、確かに難しいことではありますが

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