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2007年6月18日 (月)

347 デジ/アナ

これは勿論デジタル放送のアナウンサーのことではありません。ここではデジタルとアナログの対比を考えてみようと言うわけです。コンピュータ時代・デジタル時代と言われて久しいのですが、生命現象も含め自然界の中には、実はデジタルなものは殆ど存在しません。殆どと書いたのは、自分ではまだ例外的な「デジタル生命」を確認していないからです。想像するにそのデジタル生命体は、全く何も無い状態「0」から突然、存在する状態「1」になるはずです。ですから、何も無い状態では、そこに生命があるかどうかさえも見えないので確認しようもありませんし、もし見慣れない生命体を発見したとしても、果たしてその生命は「0」の状態から突然生まれてきたのか、それとも元々そこに存在したのか、誰も証明も出来ないでしょう。もし幸運にも「0」から「1」になる過程が観察できたとして、その途中の過程が例えば「0.5」という状態を通過するならば、その瞬間にデジタル生命ではなくなる訳です。

デジタル生命は、なにやら訳の分からない結論になりそうなので、これくらいにしてアナログの話に戻ることにしますが、自然現象のアナログ性で重要な事は、しかしながらアナログとはいえども、必ずしも完全に連続である事を意味しない点です。例えば、アナログは生命現象でも不連続な突然変異が生ずる事があるからです。DNA上の非常に微細な変異(キズやズレや複製ミス)が、結果としてみれば殆ど突然に類人猿をヒトに作り変えたのでした。少なくとも、サルからヒトへ進化する過程の連続した化石は見つかっていません。さて、環境問題にも不連続な変化が生ずるのでしょうか。本来は穏やかであるはずの自然環境が、ある日突然人類に牙を剥き出す日が来ないとは限りません。環境変化では急激な変化に先立つ兆しに注目していく必要があります。アナログ現象である限りにおいては、大きな変化の前には必ず何らかの「前兆」が現れるものでしょうから。

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