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2007年6月26日 (火)

355 すり替え

温暖化の議論においては、「真犯人は別に居る説」が何度でも繰り返されます。いわく、太陽活動の活発化論、いわく温暖化効果ガスとしての「水蒸気=雲」説、またいわく温暖化の結果として海水中から二酸化炭素が叩き出された説などなど。投稿者も何度でも繰り返しますが、二酸化炭素が温暖化の真犯人であれ、共犯者であれ、全く濡れ衣であれ、別に問題にする必要はないわけです。真の問題点は、殆ど唯一の化学原料であり、エネルギー源でもある「良質な資源としての石油や天然ガスの枯渇」であり、結果としての温暖化による気象の激甚化や大災害復旧に、果たして石油無しで太刀打ちできるかどうかと言う点なのです。炭酸ガスがクロではなく、明るいグレーやシロであったとして、ではこれまで通りに自由に大型車を乗り回しても、エアコンをブンブン回しても構わないのかどうかを考えなければなりません。二酸化炭素犯人説は、省エネルギーという方向には非常に都合が良い説なのですから、これを敢えてひっくり返そうとする説には例えそれが正しいものであっても、「環境屋」になった身としては断固意義を唱えます。何故なら、それらの説は「科学的に正しくても、環境的には間違っている」からです。(自分で言うのもなんですが、これは殆ど「環境原理主義者的発言」ですね。)

似たような例としては、科学的に正しい理論によって製造された核分裂装置が爆弾に化け、社会的には全く正しく使われなかった事が挙げられます。また社会的に必要と考えられてきた車が、その数が増え過ぎれば、逆に大気汚染による公害や交通事故などで人間に害を及ぼす刃(やいば)にもなる得ることもややこれに似ています。

投稿者は、「真犯人は別に居る説」によって、資源の枯渇問題が、温暖化の原因論や是非論ですり替えられる事を真に憂います。

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