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2007年9月19日 (水)

429 環境原理主義

時代を鋭い目で見つめ、インパクトのあるコメントをする養老猛の最近の言葉です。文面通り憶えている訳ではないのですが、「環境保全や全面禁煙などいう禁欲的な態度は、原理主義や全体主義と結びつき易いものの代表だ」という意味のものでした。確かにガチガチの環境人間である投稿者も、冗談で自己紹介する場合には「環境原理主義者です」と言ったりもしています。やや似たような例を挙げるとすれば、それは宗教でしょうか。ある宗教では、一人の教祖様の教えが絶対真理であり、それに従うことが信者の幸福につながると諭します。その意味では、宗教も一つの宗教原理による、信者全体の拘束を行う全体主義以外の何者でもないでしょう。しかし、環境原理主義と宗教原理主義が、あるいは社会的原理主義が異なるのは、環境=自然はたった一つしかないという事実です。つまりは唯一の存在としての地球環境です。

一方、「他の原理主義」には、別々の教祖様が何人もいて、原理がいくつも存在します。いくつも存在するものが本当の原理や真理になり得るか否かの議論は別にしても、ある宗教団体(例えばWASP)の幸福は、別の宗教団体(例えばMスレム)の不幸となっている現実を眺めるとき、所詮宗教が絶対的な原理にはなりえない、という証拠を日々のニュースで目にしていると言えるでしょう。キリストさんかマホメッドさんかお釈迦さんが、ゆるぎないほどに絶対的な真理を教えたのだとすれば、世界中がどれかの教義に染まってしまったはずです。そうはならなかったのは、砂漠と森や田園にはそれぞれ違う教義や原理が必要だった、という投稿者の仮説の間接的な証拠でもあります。

さて原理主義と揶揄されようが、自虐的に「環境原理主義者」を名乗ろうが、かけがえの無い、たった一つのこの地球環境は、どうしても守らなければなりません。それが、環境を傷つける事によって繁栄を享受してきた、私たち世代の義務だと思うからです。ということで、このブログも投稿者自身を鼓舞する意味もありますが、無理やり毎日毎日書き続けることといたします。

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