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2007年9月22日 (土)

432 プレイヤー交代

金融は決して社会の主役ではありません。創世記の姿を思い出すなら、金融業とは産業を興すために力を貸す脇役だったはずです。しかし、金融(金貸し)が大きくなるにつれて、あくどい、或いはボロい金融システムも発達してきました。いわく、先物取引、いわく株式市場、いわく各種債権(CP)市場、いわくヘッジファンド、いわく国際為替市場等など。今や金融業の人たちは、自分たちこそが社会を動かしているのだ、と公言してはばからない事でしょう。たかが金貸しや風情が、です。ましてや、なんら生産的な活動を行わずに、単に金を右から左へ移すだけの人たち(トレーダ)が、巨万の富を得ている現実を見るとき、投稿者はただただ溜め息しか出てきません。誰が儲けて、誰が損をしているのかを頭を冷やして考えてみれば、損をしているのは資源を掘り返されて、しかも消費の結果の大量の廃棄物を押し付けられている地球環境である事は明らかだからです。

20世紀後半は確かに金融の時代でした。しかし金の論理には限界が見えてきました。その限界とは、金の存在そのものが人類の存亡を脅かすことによって現実的になるでしょう。現在でも、荒ぶる金の力によって、望ましからざるブレが社会を揺り動かしています。石油を含む資源の価格、世界の穀物市場における食糧価格、為替変動に伴う輸出入価格などに大きな変動のことです。お金で地球の環境は守れません。何故ならお金には、色がついていないからです。環境に大きな負荷を与えるお金も、環境保全を考えて使われたお金も、金は金です。環境に優しい活動で生まれたお金は緑色に、そうでないものが赤色になっていたならば、お金の使い方もきっと変わってくるかもしれません。実際にエコマネーや地域通貨として、色を変えたお金も少しずつですが使われ始めています。

タイトルでプレイヤー交代としたのは、今メインプレイヤーとなっているお金に代わる「価値交換の手段」が広がる事を投稿者は待望してるいからです。その昔各地域に存在した、地域の普請への労働奉仕を証明する札(昔はこれをなんと呼んでいたのでしょうか)を配り、その枚数に応じて税金を軽減するとか、あるいはその労働の代価を預けておくことができる制度など、色々な仕組みが考えられます。これによって、「お金の税金」をまじめに払ってもそれを中央に吸い上げられ、役人によってかなりの程度は無駄に使われる、現在の仕組みにぜひ楔を打ちたいものです。

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