« 434 休題(頑張らないが努力する) | トップページ | 436 工夫と汗 »

2007年9月25日 (火)

435 慎ましい生活

「もったいない」と同時に、ぜひ流行らせたい言葉として「慎ましい」と「ホドホド」があります。ホドホドとは分相応の事ですが、このブログで語ってきた「分」とは、環境が許す範囲内での活動を指します。ホドホドの生活を送るためには、まずホドホドの生活が送れていることへの感謝の念が必須です。ホドホドの生活は、実は私たちの力で成り立っているのではなく、「自然環境に生かされている存在としての私たち」、を認識する必要があります。この場合の「私たち」とは人間ばかりでなく、多くの種類の動物と、それを支えている多様な植物を指します。

さて、ホドホドの生活とはどの程度を指すのでしょうか。日本には、別の美しい言葉があってホドホドの生活を表現するのに「慎ましい」とも言います。慎ましく暮らすためには、過度の欲望を抑制する必要があるでしょう。過度の欲望とは、何とか暮らしていけるレベルを超えて、むやみにモノを欲しがることです。しかし慎ましい生活をするために欲を抑えるのでは、決して長続きはしません。我慢はストレスになるからです。そうではなくて、物欲そのものの大きさを縮小していく必要があります。荒っぽいやり方では、「出家」という手段もあります。俗世の全てを捨てて仏門に入る訳です。僅かばかりの私物の所有だけが許され、殆どの時間を修行に明け暮れる仏門の生活は、確かにモノとは無縁の世界ですが、普通の人には耐えられないかもしれません。次善の方法は、モノを使わない趣味を持つことでしょうか。例えば、バードウォッチング、昆虫観察、植物観察、人間観察、建築物ウォッチング、読書、俳句・短歌、歌うこと、散歩、登山、罪の無い発明などなどです(実はこれらは全て投稿者の趣味です)。絵画などもかなり良い線ですが、絵の具や画用紙を消費しますのでやや難ありです。

これらの趣味に生甲斐を感ずる事が出来れば、かなりモノから開放される可能性は高まります。これらの趣味から得られるものは「精神的満足感」に他なりません。これが得られない人は、仕方なく物欲か悪くすれば犯罪などにのめり込んでいくことになります。精神的満足を得ながら、ホドホドの生活を続けていく事こそ、環境問題の軽減につながるはずです。ちなみに、もったいないという気持ちは、モノに対する感謝の気持ちから出るものの様ですので、感謝の少ない社会はやはり物欲社会だといえそうです。

|

« 434 休題(頑張らないが努力する) | トップページ | 436 工夫と汗 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 435 慎ましい生活:

« 434 休題(頑張らないが努力する) | トップページ | 436 工夫と汗 »