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2007年10月11日 (木)

451 ヒグラシ

今回は都会の「日暮」状態のひどさ加減を書いて見ます。日暮とは、その日暮らしの生活スタイルを指します。よくライフラインと呼ばれますが、生きているラインとは「流れているパイプ」のことを指しています。つまり、都会には、水、電気、食糧、生活用品、お金、通勤人を運ぶ車・電車などのモノや無茶苦茶な量の情報などが1秒も絶える事無く流れ込み続け、一方で下水、廃棄物、排気ガス、お金のおこぼれ、疲れた勤め人を乗せた電車、不必要に多い出版物などが外に吐き出されています。もし、これらのライフラインのどれか一つでも止まった事を想像すれば、たちまち都会は麻痺するはずです。

例えば、電気の止まった都会の姿は、ニューヨークの大停電の例を引き合いに出すまでもないでしょう。この夏も停電が起こる間近まで、電力量のピークが立ちました。幸いいくつかの工場が自主的に操業をストップしたために、最悪の事態は回避されましたが・・・。水供給でみれば、渇水という事態は、今夏は四国の一部で問題になった程度でしたが、川が細くて短く、しかも水量も少ない日本の水系(=水道システム)では、多くの地域で常に危機を内在しているのは間違いありません。

現在の都会様に、常に流れ続けるライフラインを前提に、それに100%依存する生活スタイルは、やはり持続可能なものとは言えないでしょう。地震などの災害が一度発生すれば、例えその破壊が一部に留まったとしてもライフラインは即時に停止され、便利であるけれども所詮その日暮しの生活が一瞬にして破綻してしまうことは、先の神戸の震災でも明確に証明されました。

ヒグラシにならないためには、ライフラインを多様化するか、あるいはそれなりのストックを準備するしかないでしょう。いま蝋燭をストックしている家庭がどれほどの割合であるでしょう。ましてや、缶詰や乾パンをストックしている割合や如何に、というところです。風呂は多分1週間は我慢できるとして、電気やガスを使った調理なしに、すぐ口に入れられる食料のストックは、一億総ヒグラシの今の時代だからこそ必須の行動だといえます。

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» かぼちゃカンパン []
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受信: 2007年10月11日 (木) 11時16分

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