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2007年10月 8日 (月)

448 安全の値段2

安全こそが全てに優先する事項のはずです。いくら美味しくても毒のある食物は口にはできないでしょう。しかし、長い間食べ続けると確かに体には悪いが、味は抜群に良いので、時々は口にしたいような食べ物(飲み物)が存在したら、人間はどう行動するでしょうか。たぶん、多くの人がそれを口にするはずです。そうでなければ、アルコール(体内で分解されるときアセトアルデヒドという毒に変わります)や美味しいがほろ苦くアク(これも実はアルカロイドという毒です)も強い山菜などを口にする人は誰もいなくなるでしょう。それでも口にするのは、個人差がありますが、ある程度は「中毒」になっているからです。

では、環境悪化に関してはどうでしょう。あらゆる環境の悪化は確かに、まず弱い生物、ついで人間自身の健康にも脅威になります。しかし、上の例のように悪化の度合いが弱い環境負荷(まさに二酸化炭素こそがその好例です)に対しては、人間は回避行動をとろうとはしません。それは、食べ物との類推でいえば「二酸化炭素発生中毒」になっているからかもしれません。二酸化炭素は、車に限らず便利な機械を使った時により多く発生しますから、これを化石燃料中毒とも表現できそうです。

表題に挙げた安全の値段ですが、モノの値段は、今はそれが持つ(市場)価値によって決められますが、安全だけは値段のつけ様がありません。命に関わるものであれば、実際のところいくらお金を積んでも支払わなければならないはずです。しかし、10万人に数人の犠牲者が出るかもしれない危険ならどうでしょう。かつて公害が華やかだった時代の日本では、これは「安全」であるとみなされていました。喘息で苦しむ人が多くても、死ぬ人がそれほど目立たなければ、亜硫酸ガスの煙突からの放出はOKだったのでした。いま、流石にこれはご法度にはなりましたが、では100万人に数人の犠牲者が生まれる環境悪化はどうでしょう。これは果たして安全な環境といえるでしょうか。その意味で、温暖化はまさにそのレベルに達しています。今年の夏の酷暑が原因の熱中症や山火事で亡くなった方は、日本でも100人以上を数えますし、北米やヨーロッパでもその何十倍もの人が亡くなっています。その原因のひとつとなっている、自動車や電化製品や溢れる輸入食糧や雑貨の消費は、もし安全のためのコストを上乗せすれば、今の数倍程度に値段が上がっても然るべきだと投稿者は考えています。安全により多くの価値を見出すならば、国産品や地元産の製品や食料も間違いなく競争力(この場合は価格競争力ではなく安全競争力です)を持つはずです。

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