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2008年1月 2日 (水)

534 文化の問題

続きです。ではどうすれば良いかですが、例えば飲み物についていえば一つの方法は、やはり「文化を変えるしかない」との結論になってしまいます。Cコーラや製薬会社や乳業メーカー(の子会社の飲料会社)やアルコール飲料メーカーの戦略に乗せられた結果、日本は100mも歩けば自動販売機にぶつかる事になりました。更に、主な交差点近くや車の往来が多い道路筋には、ほぼ例外なくコンビニが出来ています。その結果人々は手軽に、夏はペットボトル入りの冷たい飲料を、冬は暖かい缶入り飲料を手に出来ます。しかし考えて見れば、それらの多くは投稿者の子供時代には無かった文化でした。これは単純に欧米(つまりはアメリカ)文化への感染に過ぎないものとも言えます。実際のところ私たちは使い捨ての(利便こそが至上の価値と捉える)欧米文化に感染した「病人」だといえるでしょう。

子供の頃、母方の実家に稲刈りの手伝いに行くと、竹で作った水筒や、小さな桶で作られた水入れでお茶などの飲み物を運びました。山裾の田んぼではきれいな湧き水が手に入りました。どっさり砂糖入が入った清涼飲料水を毎日飲んで、子供の頃から肥満の成人病予備軍になるか、麦茶やお茶が入った保温水筒を持ち歩くかは、まさに文化の問題である訳です。

環境問題の解決は、結局のところ「文化の時間的巻き戻し」が可能か否かという問題に還元できます。昔に返る事が、あるいは不便に戻る事が、耐えられないくらい嫌なことで、例え環境が悪化しても、今の利便にしがみつきたいと考える人が大多数である限りは、いくら「3R」や、「勿体無い」を流行語にしたところで、焼け石に数的の水にとどまるでしょう。焼けた石の温度を下げるには、どうしても文化を数十年は巻き戻しする必要がありそうです。単純な巻き戻しに抵抗があるかも知れませんが、そうであれば改めて「持続可能な新しい文化」を創造すればよいわけです。

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