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2008年1月 9日 (水)

541 金力

金は金属の意味でもあり、お金の意味でも使います。お金の話やそれに関わる素人経済学は、このブログでもたびたび書いてきたので、投稿者としては(定期的に読んでいただいている読者も同じでしょうが)ゲップが出そうになります。敢えてもう一度整理するなら、お金とは「他人の時間を自由にする権利」と定義できますから、もし今の時代に生きている人々の持つ時間の容量を超えて経済が膨張するという事は、とりもなおさず未来に生まれる子孫の持つ時間の権利を先取りする事に他ならない、という点を改めて指摘しておきます。今の時代に生きる人々が、自分たちの持つ時間で購える範囲を超えて、沢山のお金を儲けてそれを使うほど、それは未来の時代に生きるであろう子孫の時間を先食いしている事に他ならないのです。何故なら、より多くのお金を動かす経済を運営していくためには、より多くの資源やエネルギーを掘り出して、それを「消費」する必要があるからです。中東の石油成金たちが持つ、一生かかってもとても使い切れないくらいのお金が、この石油高でますます膨らみ続けている事は、その極端な例といえます。

一方、地下資源の代表である金属は、今のところ限られた種類の鉱物(白金などの貴金属や合金や電子部品に用いる希土類など)を除けば、資源的にはしばらくはどうにか持ちそうではありますが、この資源も実のところエネルギー資源に支配されていると言えます。というのも、金属の精錬には、鉄であれば多量の石炭(コークス)が必要であり、その他の金属でも多量の電力が必要となるからです。ありふれた金属であるアルミニウムでさえ、現行行われている溶融塩電解法では、1gの精錬には電力料金にして1円程度の電力が必要となるとされています。溶解温度が極めて高いシリコンなどは、一桁大きな電力が必要となるはずです。金属は、鉄やアルミなどのように強度の高い構造材料としての他、銅やアルミや銀や金などのように電気の良導体としての優れた機能があり、必要以上に濫用され、不用意に合金され、リサイクルも不十分なままで推移しています。

採掘や精錬や運搬や加工を考えれば、金属も結局は火力エネルギーの塊であり、環境への負荷軽減を考えるなら火力エネルギーそのものと同様、その濫用は避ける必要があるということになります。

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