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2008年1月16日 (水)

547 環境という資源庫

環境は立派な資源です、と声を大きくして主張しても今のところ殆ど反響はありません。しかし、これは間違いのない事実なのです。その証拠として多くの資源は、環境の中で育まれました。石炭や石油や天然ガスなどの有機物を含む資源は言うに及ばず、鉄鉱石や石灰石などの無機の資源まで、実は生物活動の結果としてある特定の地域に蓄積された資源であるわけです。これは「環境による資源の濃縮(或いは一種の生物濃縮でもあります)」とも言える現象です。つまり環境とは「資源の母」或いは「揺りかご」であり、より大きな意味での資源庫であるといえます。資源として各種の鉱物やエネルギーを考えるとき、一番の大きな問題はその偏在ぶりにあると言えるでしょう。つまり、ロシアや中東やアフリカ北部などには石油が偏在しており、有用な鉱物はオーストラリアやニューギニアや中国や南アフリカなどに偏在し、宝石などは南アや東南アジアの一部やブラジルに偏って産出しているわけです。

しかし、まだ濃縮されていない形であれば、自然界にはほぼ満遍なく資源がばら撒かれています。例えば、海水中には金やウラニウムを含む多くの鉱物がイオンとなって溶け込んでいます。今は経済的ではないので、流石に海水から金や貴金属やウラニウムを分離する事は行われていませんが、多くの貴金属や鉱物資源の価格が今の数倍になるかもしれない未来を想像すれば、たぶん誰かがこれを始めるのだと思います。日本は確かに資源小国ですが、海岸線の長さだけを見れば大国にも決してひけをとりません。日本は今から、「海水精錬技術?」を磨いておいて、来るべき資源逼迫時代に備えるべきでしょう。また、気体のなかではその割合が非常に少ないガス(希ガス)でもあるアルゴンは、大気を圧縮・液化しそこから分離されます。しかし、問題点もあります。それは気体を液化するにしても、海水をイオン濃縮して、そこから鉱物を分離するにしても膨大なエネルギーが必要となることです。エネルギー小国でもある日本は、この点では逃れられないタガをはめられている国だといえます。残念ですが。

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