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2008年5月 1日 (木)

653 技術屋の反省ブログ

もの造りに邁進することが環境悪化を加速する、との一技術屋(投稿者の事です)の気づきが「環境おじさん」の誕生につながりました。つまり、技術屋と環境屋は、磁石の対極にあるのだとも言えます。従って、「環境技術」などと書くと、環境と技術の間には強い反発力、あるいは言葉としては「自己矛盾」を抱合しているのだと言えます。少なくとも投稿者はその立場でこのブログを書いています。技術屋から環境屋への脱皮は、180度の価値観転換を必要とするので、実のところ投稿者も完全には脱皮に成功していません。例えて言えば、脱皮しようともがきながらも技術屋の抜け殻がまだ体にまとわりついている気持ち悪さを感じながら、この数年を過ごしてき多様なきがします。

その殻を脱ぎ捨て様と、敢えて環境原理主義風の過激な文言を並べたブログも書き綴ってもきました。しかしその結果、投稿者としてもかなりの程度頭の整理も進み、ある程度の覚悟と呼べる様なものも出来てきたような気がします。その一方で、貧乏を楽しむ余裕も生まれてきたのでないかとも感じています。とりわけ、物事の掘り下げによる頭の整理は、ブログを書き続けることの大きなメリットではないかと思います。相変わらずの悪文ですが、少しだけですが物書き諸氏の楽しみや生きがいが分かりかけてきたようでもあります。とは言いながら、文才も他の能力同様、天分という要素が強いのではないか、としみじみ感じています。

悪文は悪文として、元技術屋としてのやや得意な分野は、現象の分析と、そこからの傾向や法則(のようなモノ)を導くことくらいですので、これまではひたすら、後半は完全に自分の半生にも重なる20世紀の反省とそれを推進してきた科学・技術や経済の徹底した総括をしてきたわけです。

その結果、大分事態が見えてきたような気もしますので、今後はそれを再構成して、さらに環境問題に関わる真実を煮詰めてみたいと目論んでいます。暇と書く能力(文才が無いことははっきりしているので・・・)がもう少し手に入ったら、是非本を数冊書いてみたいと思います。それは、技術屋として重ねてきた失敗の原因を明らかにするもの、それに対して個人レベルで何ができるのかの提案、次世代に伝えるべきものなどになるはずです。

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