« 656 戻る勇気 | トップページ | 658 環境問題の多面性 »

2008年5月 5日 (月)

657 分析と統合

科学・技術に対する投稿者の違和感のさらなる考察です。科学・技術の本質は、自然現象を徹底的に切り分け、要素に分けた上でそれを理解し、再構成して「原理や公式」などとして体系化したものに他なりません。よく、分けることによって分かるなどと言われる様に、人間の脳みその構造は結構単純ですから、先ずは要素に分けなければ理解できないようです。

しかし、自然現象は非常に複雑です。北京で蝶が羽ばたいた影響が、めぐり巡ってアメリカでハリケーンとなって大災害を及ぼす、などという例えも全くの作り話とも言えないのです。つまり、蝶の羽ばたきというごく小さな気流の乱れが、例えば強烈な日射と地球の自転などの要素が重なって、一陣の風となり、それがさらに偏西風に乗って海を渡って流される中で低気圧として発達し、ロッキー山脈の南の端にぶつかって渦を巻き、その渦がカリブ海でハリケーンに育つという、「風→桶屋」ストーリーになります。

さて、分析をし続けてきた学者や技術者は、今や行き詰まりを感じているような気がします。いくら、自然や現象を細かく切り刻んで要素に分解し、それを理解しようとして、例えばDNAを構成する塩基配列にたどり着いたとしても、大腸菌一つですら人工合成する事できないわけです。宇宙開発と称して何発も人工衛星を打ち上げ、何千億円も投じて宇宙ステーションを建設しても、精々無常力空間で、ダイヤモンドより高い合金を作り、動物や植物に及ぼす影響を調べる程度の「お遊び実験」しかできないのは、悲しむべきことです。

分析の反対は「統合」などと呼びますが、この事態を変えるのは、180度の方向転換しかなさそうです。生物の理解は、生物自体の構成物の分析によって為されるのではなく、有機物の塊である生物が、環境との相互作用の中で進化し、その中でニッチを見出して他の生物と棲み分けを成功させた知恵や戦略を、ますは謙虚に学ぶべきだと思うのです。さらに言えば、気候変動や温暖化を気象学や地学や地球物理学などの「一面的な学問」で理解しようとするのは、労多くして益の少ない努力だといえます。そうではなくて、ここまで悪化した事態を、人類の歴史、産業史、経済学、社会学、心理学、政治学や国際学と、従前の自然科学との統合的な理解のなかで、その対策(もしそんなものが存在するとすればですが・・・)も少しは見えてくるのかも知れません。虫の目よりは鳥の目、木を見ないで森を見よ、という訳です。

|

« 656 戻る勇気 | トップページ | 658 環境問題の多面性 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 657 分析と統合:

« 656 戻る勇気 | トップページ | 658 環境問題の多面性 »