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2008年5月13日 (火)

665 環境配慮型~の矛盾

「環境配慮型の~」や、「地球にやさしい~」という文字が氾濫しています。例えば、環境配慮型の車、環境配慮型の電化製品、環境配慮型の製品、地球に優しい再生紙などなどです。しかしその中身は、これまでより20%燃費が良い、あるいは同じ程度消費電力が少ない、または何割かのリサイクル原料を混ぜている、といった程度に留まっているのが現状です。それどころか、トータルでの環境負荷を評価する手法であるLCA(Life Cycle Assessment)で見た場合、逆に環境負荷を上げている例さえ見受けられます。原因は、それを評価した人が、自分の守備範囲しか見ていないからです。つまり、材料メーカーは原料の入荷から、精製・梱包・出荷まで、部品メーカーは材料の入荷から部品出荷まで、製品メーカーは部品入荷・組立・出荷までの範囲でしか環境負荷を評価していないのです。従って、原料から製品になり、さらにはそれが廃棄されるに至るまで、製品のライフサイクルを通じて評価すれば、例えばリサイクル製品の環境負荷は、バージン材を使った製品よりかなり高かったりする訳です。勿論、森林の伐採や資源枯渇の面だけを考えれば、リサイクルすべき材料や製品は多いのですが、一方で環境負荷(CO2排出、製造工程から出る産業廃棄物、リサイクル原料の収集運搬など)を総合的に考えた場合、両者を立てる場合に矛盾が生ずるケースが多いのです。

その場合、どちらがより環境に優しいかの判断は簡単ではありません。製紙産業などは、その典型例だと言えるでしょう。その難しさの象徴として、「古紙リサイクル率の偽装事件」が生まれたのでしょう。つまり、古紙のリサイクル率を高く表示した方が、取引先からの評価が高く(多分単価も幾分高く)、100%パルプの紙よりは、「見かけ上」は環境配慮型の製品にはなっているわけです。一方で、リサイクル率を高めるほど、古紙の収集運搬、古紙インクの漂白、酸を含んだ製紙スラッジの処理、廃水処理などで、環境負荷を押し上げている事は否めません。この矛盾は、社会がどちらに優先権を設定するかによって、時代と共に変化する筋合いのものです。とは言いながら、最終的な判断の尺度は、決して経済性ではなく、結局「どちらがより持続可能性が高いのか」という1点に絞られる事になります。

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