« 665 環境配慮型~の矛盾 | トップページ | 667 秩序と無秩序 »

2008年5月14日 (水)

666 依存症

このブログでも何度か「便利中毒」と言う言葉を使っていますが、もう少し枠を広げて、現代の依存症について書いて見ます。人々が、自分だけの力で生きなければならなかった時代、他人への依存は最小限でした。例えば、手先が器用で道具を作るのが得意な人は、村の鍛冶屋となって、農機具や刃物造りを分業し、農家からはその見返りとして農作物を受け取っていたことでしょう。しかし、貨幣による価値の交換が普通の事となった近世以降、分業が進み、産業革命を経て、産業や職業と言う形で分業が明確になり、結果として人々は互いに多くの人々に依存して生活する羽目になったのです。今では、自分自身で一から作り出せるものは殆ど無くなりました。身の周りで数えてみても、編み物や裁縫でさえ、自分で毛糸を紡ぎ、あるいは機織をして布を作れる人は、人間国宝並みに稀になってしまいました。単純な、道具(簡単な刃物や器や箸や楊枝など)に至るまで、全て工業製品、しかも殆どは海外からの輸入品になってしまったのです。

この、あまりに他者依存が進んでしまった社会に強い不安を感じているのは、投稿者だけではないはずです。ある日、何らかの事故で、食料や日用品やエネルギーの供給が短期間途絶えた場合を想像すれば、私たちの依存症ぶりが明らかです。高速道路の大事故や、雪などの天候による数日間の物流の遮断でさえ、大きな組立工場をストップさせ、あるいは大都市のスーパーの食品棚を空っぽにするには十分でしょう。中国が、自国の食糧価格を安定させる目的で、食料の輸出をホンの何割か削減するだけで、やはりスーパーの冷凍食品や野菜売り場はガラガラになるはずです。

また、自分達の日常生活を振り返れば、車や電気(電化製品)や携帯電話やパソコンやコンビニや外食産業への依存度は、ますます拡大しています。携帯電話が使えなくなった時の、若い世代のパニックぶりは容易に想像できます。ガソリン高騰で、車が自由に使えなくなった時の、通勤者や主婦のうろたえぶりもまた、想像が容易です。依存症を治すには、禁断症状は予想されますが「~断ち」しか有効な対策は考えられません。車断ち、輸入食糧断ち、電気断ち、石油断ち、携帯断ちを1週間実行してみれば、自分の依存症が実感できるでしょうし、もし1ヶ月も実行できれば、多分にそれからの依存症は克服できる見込みが出てきます。

|

« 665 環境配慮型~の矛盾 | トップページ | 667 秩序と無秩序 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 666 依存症:

« 665 環境配慮型~の矛盾 | トップページ | 667 秩序と無秩序 »