« 668 ソーラークッカー | トップページ | 670 集光装置 »

2008年5月17日 (土)

669 緑のサイクル

投稿者のこの5-6年の「研究」によれば、現代は地下資源を採掘し、生産し、消費し、その結果出たゴミを廃棄物処理場に送り込む一方通行の社会であり、結果としては資源の枯渇と廃棄物の横溢に苦しみだしている社会でもあります。

一方江戸時代(田舎では多分戦後まで)は、自然物に基盤を置いた物質の循環がしっかり出来ていました。自然物とは、草木(バイオマス)や地表付近に露出している(砂鉄などの)僅かな鉱物、ありふれた粘土や、水や、人や家畜から出る「し尿」などのことです。資源もほぼ全ては自然物なので、最終的に廃棄物となっても、最終的には自然に還るものばかりです。

ところで、工業的材料や地下資源をリサイクルする方向も「循環型社会」などと紛らわしく呼ばれることもあるので、ここでは上の昔の循環社会を「緑のサイクル」と呼んで区別しておきます。緑のサイクルを回している原動力は、言わずもがなですが「太陽力」やそれが形を変えた、水力や風力などの自然エネルギーです。

現代の循環型社会の定義と、緑のサイクルで全く異なる点は、前者はリサイクルのための収集運搬や再資源化に多大な化石エネルギーを費やすのに対し、後者は基本的には少しの人力と後は自然の分解力(生分解力)だけで成立していることにあります。現代の社会で多量に使われている材料の多くは、何十年、何百年自然の中に放置しておいても、それが地下の鉱脈に戻ることはありません。少し酸化して、周囲の環境を汚す程度のことです。技術者は、簡単には劣化しない材料を「優れた材料」として多用してきたのです。鉄よりはステンレス、木材よりはコンクリートやプラスチックといった具合です。劣化しないことは、廃棄物になった時に簡単には分解されないという弊害がある事については、一顧だにしなかった技術者の落ち度こそが環境問題の元凶だといえます。

そこに気がついてしまえば、今から作る製品の原料選定は、いかに短期間に生分解されるかを最優先に据えなければなりません。確かに愛知県で開かれた万博では、会場で使われた食器は、穀物から作られた生分解性のプラスチックで作られていました。しかし、その様なまともな取り組み、たった半年の万博期間内しか持続しませんでした。「環境祭り」から日常に戻った現在、「生分解性プラスチック」の文字がマスコミに登場する事は皆無になりました。

|

« 668 ソーラークッカー | トップページ | 670 集光装置 »

コメント

まさに、そうですね。
社会人になった従弟が、建築家を目指したいので大学に入りなおすというので、私が、建築家に望むものを言いました。
すぐに壊れる家を建てて欲しい。
壊れる、というか、自然に早く戻る家です。
どんなに頑丈な建物も災害の大きさによっては壊れます。
壊れても、命を守れるような構造や軽さや住まい方は考えたいですが、こんなふうに世界で災害が続くと、お金が出せる人たちは不必要に耐震強化をすることになると思います。そういうのが、なんだか嫌になってしまいます。

投稿: mamedojin | 2008年5月20日 (火) 14時57分

mamedojin様:木材や竹や土壁や桧皮葺き(あるいは萱葺き)で作られてきた伝統的日本の家屋は、まさにエコ住宅そのものでしたね。合掌造りでは1本の釘すら使っていません。

投稿: 環境おじさん | 2008年5月20日 (火) 17時59分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 669 緑のサイクル:

« 668 ソーラークッカー | トップページ | 670 集光装置 »