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2008年5月18日 (日)

670 集光装置

自然の観察は、実は非常に重要です。多くの科学や工業技術は、自然現象の模倣にその出発点があるからです。例えば、色素増感型の太陽電池は、葉緑体のなかで光子(フォトン)が持つエネルギーが、電気(化学的)作用を起こし、光合成のサイクルが回る現象の一部を模倣したものです。しかし、人間が作ると太陽光発電パネルは、平板型になり、屋根に敷き詰める程度の智恵しか出ないようです。しかし、光を集める名人を探す事は、自然界では容易です。

例えば樹木です。植物、取り分け樹木は太陽光を集める名人です。広葉樹の葉の重なりは、決して伊達ではありません。太陽光は、その高さも方位も刻々変化しますので、それを取り込んで光合成を行い、幹を太くして実を付ける活動に関して、無駄についている葉は多分1枚も無いはずです。そのため、太陽の高度が、高い位置まで登る熱帯や温帯の樹木は、概ね樹冠が球形または半球形をしています。H立グループのCMに出てくる、ハワイにある「あの木」の形がその典型なのです。

針葉樹の樹形が円錐形をしている事にもやはり意味があります。北国では、夏でも太陽は低い高度にしか上がりませんので、南洋の木のように、半球形の樹冠は意味がありません。低い高度の太陽光を最大限に利用するためには、面に太陽光が直角に当たる円錐形が最適となるわけです。木に直接訊ねて見るわけにも行きませんが、注意深く自然物を観察する事によって、自然界にあるものの形が「自ら」そうなっている訳が何となく理解できるでしょう。

技術屋は、自分が考えやすい、製造しやすい方向に単純化して設計する傾向にあります。ですから、これまでに作られた全ての太陽光発電のパネルは、ただの平面で構成されています。新幹線から見える、某家電メーカーの700kwを超える電力を生み出す巨大な太陽光発電施設も、奇抜な船の形の構造物に張られてはいますが、電池自体は単純な平面です。太陽光発電の研究者や技術者には、「悔しかったら葉っぱみたいなソーラーパネルを作ってみろ」と言いたいのです。

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