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2008年5月28日 (水)

680 逆開発

679で「逆開発」に言及しましたので、このキーワードに更にこだわって見ます。投稿者が、逆開発の現場を目にしたのは、2001年に北ドイツを「環境旅行?」をした時です。北ドイツはフランスにも跨るルール炭田の石炭を利用し、古くから石炭重化学工業や製鉄業が盛んでした。その中を貫いて流れる複数の川は、絶好の水上輸送路ともなっていたのです。エムシャー川もその一つで、川幅は数十メートルの中小河川なのですが、博物館で数十年前の写真をみると両岸が完全にコンクリートで固められ、工場から沿岸の化学工場から垂れ流される廃液で、真っ黒なドブ川になっていました。

しかし、投稿者が訪ねたときは、河岸のコンクリートは完全に引き剥がされ、緑の土手に戻されており、水も緑色で多くの水鳥も戻ってきていました。魚も結構取れる様で、食用として立派にレストランでも出されていました。彼らが行った事は、川を部分的にせきとめ、水を干し上げて護岸のコンクリートを剥がし、ヘドロを浚渫して安定化処理し、緑の土手に修復すると言う「逆開発」を、長い時間を掛けて地道に繰り返したのでした。その先見性と、時代や政権が変わろうが一度決めた事はテコでもやり抜く粘り強い実行力は、どこかの国も是非見習わなければならないでしょう。

振り返って国内の状況を眺めると、一部にはこの様な取り組みを真似たと思われる、小規模の逆開発の試みが見られますが、例えば美田を潰して作ったバイパス道路を、昔ながらの田んぼや里山に戻したなどという、「本格的な逆開発」は、聞いたこともありません。特に高度成長期以降、山を削って谷や田畑を埋め立て「土地造成」し、水辺をコンクリートで固める事が開発であると定義されてきた日本では、逆開発などと言う概念さえ生まれない国だったのかも知れません。しかし、このままでは立ち行かない事がはっきりしてきました。化石燃料に依存した、一方通行の開発により我慢できない環境悪化という閉塞感を漂わせてきた今、時代の逆回しの行動、つまりは人工物を解体し元の自然に戻す「逆開発」こそが必要な時代になった、と言えるでしょう。

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