881 山の維持
先週は、仕事で高山の先まで仕事で出かけました。12月には珍しく暖かい日であったので、列車ではなくバイクを飛ばしていきました。国道41号線は、美濃加茂の先の川辺町辺りで、突然山の中に飛び込む感じになります。飛騨川が刻んだ谷沿いに、国道と鉄道が何度も交差しながら橋を渡り、右岸に行ったり、左岸に戻ったりを繰り返します。道路の両側に迫る傾斜が45度以上もある山々には、過去には見事に植林が行われてきたのでした。しかし、残念ながら川には何箇所もダムが築かれているため、もしこれらの木を伐採したとしても、昔のように川に落とし、イカダを組んで下流まで運ぶと言う最も省エネの運搬方法は取れません。そうかといって、この様な急斜面に林道を切ることもほぼ不可能です。と言う事は、これらの木々は、山に捨て置かれ、寿命が尽きて枯れて朽ち果てるのを待つしかないのでしょうか。勿論、萌芽再生や実生により、森林は自力で再生はするでしょう。しかし、人が植えたこれらの人口針葉樹林の再生は保証されている訳ではありません。戦前の人工林には、必ず人手が入っていたはずですが、放置された人工林のなれの果てがどうなるかは、戦中・戦後の植林事業から60-70年を経て、今後私たちがまさに目撃するのであり、その様な「実験」は過去にも行われていないのです。間伐を行わない人工林は、林地に日が差さないために下草も生えず、土壌がむき出しになっている結果、保水力が無く、少し激しい集中豪雨でも土壌が流出し、根が浅い人工林が壊滅的に倒れる光景は、近年多く報告されています。41号線沿いでも小規模な林地の倒木を見ることができる場所がいくつかあります。少し前、テレビで非常に良く管理された森林の典型である「伊勢神宮の森」の特集番組を流していましたが、人工林と天然広葉林が見事なまでのモザイクを織り成し、計画的に間伐育成されたヒノキは、間近に迫った式年遷宮では自前の木材を自給するまでに育っています。しかし、この森の綿密な育成計画は、なんと80年も前の大正時代に立てられ、専門のスタッフによって連綿と維持されてきた結果だったのです。山を真面目に維持しようとすれば、今都市で余剰となりつつある労働力をそのまま注ぎ込んでも足りないかもしれません。ただ悲しいことですが、その山がお金を生むのは、今手入れを再開しても早くて20-30年後なのです。その間、彼らには給料を払えないかも知れないのです。贅沢な都市生活者からガッポリ環境税を取って、それを回す事でも考えない限り、山は放置され続けるしかないのでしょう。
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