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2009年1月 4日 (日)

900 ポスト車社会2

B国のビッグ3の危機を見るにつけ、ポスト車社会を考えないわけにはいかないようです。20世紀はとにかく(石油を使って)人やモノを運ぶ時代でした。しかし、石油が逼迫し、或いは逼迫しないまでもその使いすぎの影響(例えば温暖化)による、石油時代への急激なブレーキが掛かっている今、今後の社会は20世紀の延長線ではない、新たな文明をプロットする必要があると思うのです。難しい課題ではありますが、しかし答えを出さなければならない緊急の課題でもあります。

ここでは、敢えて「運ばない文明」を、自動車文明へのアンチテーゼとして挙げてみる事にします。20世紀は、人やモノを運ぶ事は、時代の要請でもあり「是」であった訳ですが、これを「否」であるというテーゼを掲げてみるわけです。人やモノがあまり移動しない社会は、日本でも戦前くらいまで戻れば、十分な歴史を重ねてきています。戦後でも、投稿者の幼少時代くらいまでは、貨物輸送の手段としてはほぼ鉄道便しか選択肢はなく、物流量はその鉄道の輸送量によって上限が制限されていたのです。道路は、主要な国道以外は、市街地を除き砂利道で、長距離のトラック輸送などは全く考えられない時代でした。この様な時代においては、地方で生産できない電化製品や車や、工業製品あるいは、気候によって栽培できない農作物などが、限られた鉄道輸送量の範囲内で流通していたのです。

ポスト車社会では、トラック輸送に代わる、省エネルギー型の輸送手段が提案される必要があるでしょうし、その代替手段も、輸送量に限度が設定されるはずです。その限られた輸送量の範囲内で、運ばれるものには優先順位が振られ、優先順位が低い「贅沢品」の輸送費は、目の玉が飛び出るほど高く設定されなければなりません。北海道で採れたタラコを博多まで輸送し、それを「明太子」に加工して、全国に配送するなどと言うビジネスは、来るべきポスト車社会には許されなくなるでしょう。どうしてもそれが食べたい人は、今より一桁くらい高いお金を払って買い求める事になるはずです。高くなった分は、輸送コストであり「物品移動税」でもあるわけです。日常的な食生活は、基本的には地場で生産される米や野菜や魚を中心とした、昔ながらの食生活が基本とならざるを得ないでしょう。その土地で手に入らないが、基本的な食材は、仕方がないので例えば次に述べるような、新たな輸送手段で細々と輸送する事になります。

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