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2009年1月 8日 (木)

904 譲り2

さて、20世紀においては、資源やエネルギーや食糧の均等な分配の手法として共産主義や社会主義などという社会システムも実験はされましたが、それらはことごとく失敗に終わりました。ことごとくと言う表現は実は適切ではなく、アジアの一部やカリブ海の一部で、細々と継続はされています。皮肉な事ですが、環境負荷という面から見れば、これらの国々は最も「エコな暮らし」を営んでいる国とも言えるのです。それは、夜間に宇宙から撮影された写真で見ると、これらの国々がほぼ漆黒に写ることでも明らかです。電力の元となる石油や、一定水準以上の科学・技術が必要な原子力が十分には使えないため、仕方なく日暮れと共に、活動を停止しなければならないわけです。

勿論、黒く写る地域には、社会システムには無関係に、資源やエネルギーを買えない多くの国々も含まれます。経済至上主義の今の文明では、資源やエネルギーは勿論、食糧でさえ「通貨との交換」でなければ分配できないからです。これらの地域でも、古くは自給自足で、貧しいながら平和な暮らしを送っていたはずです。しかし、これらの国々の資源や労働力に目をつけた、かつて列強と呼ばれた宗主国が進出し、ジャングルを切り開いたプランテーションで、地域の風土を無視した「金になる作物」を作らせたのでした。

これらの「経済活動」は、「譲り」どころか逆に「収奪する」行為そのものでした。多くの換金作物は、それを育てるためには、多くの水を与える必要があります。ジャングルの伐採・消滅は、結果としてその地域での降雨量を減らし、一方プランテーションが横取りした水のために、多くの地域で水不足=水争いが発生しました。現在「紛争地域」と呼ばれる多くの場所では、歴史的に見れば水争いが戦争の根本原因になっていたのです。この水争いが原因の紛争・戦争は、歴史上でも中東など、その他の「半乾燥地域」でも多く見られるところです。その意味では、水は譲り・分け合うことが特に難しい「資源」の代表だとも言えます。

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