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2009年1月10日 (土)

906 ムダの定義2

しかし、一家の稼ぎ頭が車を乗り回すようになると、人々は車の便利さを享受し、それに「依存」するようになります。自動車産業は関連産業の裾野を益々広げ、同時並行で大量生産されるようになった便利な電化製品も徐々に「不可欠な製品」になっていったのでした。その過程は、とりわけ日本ではあまりにも急激に進んだため、それを反省し、見直す事は殆ど行われませんでした。薬物やニコチンなどの依存症になると、自分がそれに依存して暮らしていることさえ意識しなくなります。利便への依存も全く同様なのです。

依存症かどうかは、1-2週間「それ」を止めるか、「それ」から離れてみる事で簡単にチェックできます。電気やガス無しに暮らすことの難しさは、最近でもいくつかの震災や災害現場で証明されています。明らかに、私たちはこれらに完全に依存しています。車もそうであるかどうかについては、やはり車が故障したつもりで1週間暮らしてみることでチェックできるでしょう。もし車が無かったら、一体何時に起床すれば、会社の始業時間に間に合うのか。それが、例えば朝6時くらいであれば、車を捨てる事は十分可能です。さすがに、朝3時前の起床では、寝る時間がありませんので無理があるでしょう。朝6時に起床し、最寄の駅まで30分歩き、電車で1時間移動し、更に駅から職場まで30分歩くとしても、7時に起床し、渋滞の中を1時間かけて車で通勤する事に比べれば、健康面・精神面で十分過ぎるメリットがあるでしょう。

つまり、頑張れば他の手段で代替できるものは全てムダであると定義しても良さそうです。勿論、その代替手段の環境負荷が、現状の手段に比べて十分低いことが求められます。投稿者の場合、車を捨てて取り敢えずはバイクに乗り換えました。環境負荷は、ほぼ半分以下にはなりました。これが壊れたら、Sカブにするか自転車に戻るか、さらにじっくり考えます。

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コメント

こんにちわ!エコマシ研の土方です。
お世話になっています。

本当に今の時代は「無駄なものだらけ」なのかもしれませんね。
私も車をやめました。1年なくても大丈夫でしたので、もう一生マイカーは必要なさそうです・・・(笑)
今年はもっと家の中を見直そうと思います。

投稿: 土方そのみ | 2009年1月13日 (火) 13時34分

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