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2009年1月26日 (月)

922 無形の財産

財産には不動産や動産・お金のように目に見える財産と、目には見えない無形の財産があります。後者には、例えば、家族の助け合い、面倒見の良い友人や同僚・上司、いざと言うとき役に立つ資格や能力、人並み以上の体力や健康、何より困ったときにすぐ飛び出す知恵やアイデア力などがあるでしょう。もちろん生きている事(命)は最大の財産です。しかし、現代人は悲しいことに、ある時期以降、目に見えるものしか信じないようになってしまいました。中でもお金の価値はもはや絶対的です。無形の財産に対して、有形な財産の代表であるお金の価値が上昇した証拠として、僅かな金額のお金目当てに、目には見えない財産の代表である「命」を奪う事件の、劇的な増加を例示しておきます。結局この時代は、財産がある人とは「単に」お金がある人だけを指すようになってしまいました。このブログで長々と書いてきた事の背景には、実はこのひどいお金重視社会への批判と無形の財産への再評価があったのです。

環境は、無形の財産の代表です。環境は大気などを除き、殆どが目に見えますが、一方その悪化の程度は、はっきりとは確認できません。その変化のスピードが、人間の持つ時間のモノサシに比べてあまりにもゆっくりだからです。毎日、マスコミでも取り上げられる「温暖化」は、結果的には200年ほどかけて顕在化しました。海洋の「熱塩循環」に伴う気候変動は1000年経たなければ白黒が判明しないでしょう。

環境は確かに財産ではありますが、実際問題としては誰もそれを所有はできません。というより所有してそれを自由に使う権利は誰にも無いのです。私たちは、たまたまこの瞬間に、この環境を借りているに過ぎないと思うべきでしょう。借り物であれば、それを散々汚して後の世代に渡す事には強い罪悪感を持たなければならないはずです。車の窓から、レジ袋に入れたゴミやタバコの吸い殻をポイ捨てする輩は問題外ですが、それと意識しないで週2回、両手で持ちきれないほどのゴミ袋を捨てにくる人や、平気で下水に食用油を流す主婦、あるいは車の排気管から排気ガスを捨てる事に何の罪悪感もない人たちは、今後もこのかけがえの無い無形の財産をゆっくり、しかし確実に汚し続ける事になるでしょう。

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