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2009年2月10日 (火)

937 アリ・キリ3

もう一つの、無理やりはじき出されたアリさんたちの活躍の場は、やはり農山村や漁村など田舎にあるはずです。何故なら、そこではヒトの生命維持に「絶対不可欠」な食糧を生産しているからです。生産と言う言葉は実は正しくなくて、生産しているのは植物であり、食糧となってくれる動物や魚介類たちなので、収穫と言うべきでしょうか。

規格化され大量生産向きに自動化された工場では、人手は殆ど掛かりません。矛盾していることですが、「製造」工場では大部分の人手は製造ラインではなく、出荷作業などにより多く掛かっている場合すら珍しくありません。そこで働いていた、多分派遣の人たちは、製造業ではなく工場の中の流通業に従事していた、と表現すべきかも知れません。

一方、食糧や森林資源の収穫は実に人手の掛かる作業の一つです。植物は、土壌にしかそれを育てる力がありませんし、魚介類は海中や川の中でしか捕獲できません。勿論、葉物類やモヤシなどの一部の植物は、エネルギーを使って人工的に環境管理された「工場」で作られる場合もありますが、所詮食糧の中では「添え物」にしかなりません。米や小麦やトウモロコシを工場で育てる事は所詮できない相談です。その人手が掛かる、植物育成や、森林の手入れや、魚介類の収穫作業は、実は大変過酷な肉体労働でもあるため、楽をしてお金を稼ぎたい人たちからは、戦後一貫して敬遠され続け、いまやこの国では労働人口の5%も大きく下回る事態に陥っています。どう考えても、少なくとも10%近くの労働人口は、食糧の収穫や森林の維持に回ってもらわなければ、バランスの取れた社会の維持はままならないでしょう。労働人口の5%の移動とは、日本では300-400万人を意味します。この不況で製造業やサービス業から100万人規模ではじき出されたとしても、その受け皿に右往左往する必要は全くないはずです。来るべき社会ではキリギリスさんは、文化的な活動をするホンの少数で十分で、残りの人たちはやはりアリのように、なるべく環境に負荷をかけずに暮らさなければならないと思うのです。

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