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2009年3月31日 (火)

986 2100年の教室7

先生:「では私たちのご先祖さまたちは、21世紀の初め頃に一体どんな行動を取れば良かったのか、みんなで考えてみましょう。それは、皆さんの100年後の子孫に対してのメッセージにもつながってくるはずのものでもあるんです。」

生徒A:「ジーちゃんにもらったヒントでは、ジーちゃんのジーちゃんの時代は、みんながモノやエネルギーの中毒になっていたらしいんです。中毒ってそれを使うのを止められない事だよね。だから、その時代の人には悪いと思った事を『すぐに止める勇気』が無かったのかなーと思います。」

生徒B:「それもあるけど、20世紀に出来た言葉で『便利=コンビニエンス』という言葉に代表されるように、皆が自分が便利で楽をする方向だけに、モノやエネルギーを使った結果ではないかと思うんです。」

先生:「A君とBさんの言っている事は、良く考えると同じことなのかも知れませんね。つまり、20世紀の人々は『便利中毒』になってしまっていて、それを実現するためには、多量のモノやエネルギーが必要だった、ということなのでしょうね。」

生徒E:「僕が好きな鉄道は、列車の鉄の車輪がピカピカに磨かれた鉄のレールの上を走るので、地上を移動する方法としては、一番エネルギーの効率が高い乗り物だと本に書いてあったよ。だから、100年前にもっと鉄道の良さを見直して、それを発達させていたら今のようなひどい環境にはならなかったと思うよ。」

生徒F:「私が調べた結果では、100年くらい前に水素で走る自動車が開発されたけど、その水素はやっぱり、石油や天然ガスから作られていて、水素を取った後はたくさんの炭酸ガスが大気中に捨てられていたんだそうです。これって、温暖化防止には全く意味のない行動ですよね。」

生徒D:「そうだ、そうだ。もし僕だったら、その時代にすっごく熱心に植林をしていたと思うな。樹木は生長する時に、たくさんの炭酸ガスを吸収してくれるので、木材自身が炭酸ガスの貯金箱の様なものになるんだよ。」

先生:「D君の言っている事はとっても重要で、実際季節によって植物の活動が違うんだけれど、例えば北半球が夏の間は、大気中の二酸化炭素の濃度が数PPM程度は低くなるんです。それは、海水中の植物プランクトンや陸上の植物が力を合わせて二酸化炭素を吸収した結果なんだけど、確かに植物の力ってすごいですね。」

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2009年3月30日 (月)

985 2100年の教室6

先生:「20世紀の終わり頃に、色んな出来事があって、今の時代につながってきていることが分かってきましたね。それでは、いよいよ本題の環境悪化の問題についてさらに考えてみましょう。この100年で、地球の平均気温は、確実に3℃は上昇してしまいましたね。でも、北極や南極では、その倍くらいのスピードで気温が上昇しているんですよ。いまでは、夏の間は北極海には氷が全く消えてしまうので、船がベーリング海峡を通ってヨーロッパやロシアと極東や北米と自由に行き来してしますよね。この温暖化に対して過去100年のうちのどこかでブレーキを掛けることができなかったのか、もう一度考えてみましょう。」

生徒F:「でも温暖化の影響は目には見えないし、進み方もゆっくりなので、なかなかそれを確認してブレーキを掛けることは難しかったと思います。」

生徒G:「私は動物が大好きですが、北極の白クマは全部いなくなって今では動物園でしか見ることができないし、南極でもかなりの種類のペンギンが絶滅して、全体の数もすっかり減ってきました。もし、これらの動物たちがバタバタ死んで行くのを見過ごさず、エネルギーの使用を20世紀の終わり頃に比べて1/10位に急いで減らしていれば、こんな事にはならなかったと思います」

先生:「その急ブレーキを掛けるとしたらいつ頃だったら間に合ったと思いますか。」

生徒A:「たぶん、21世紀の初め頃には手を打たなければならなかったと思います。でも最初の温暖化防止の国際条約は、2008-2012年の間に1990年に比べてたった6-7%の削減目標だったんです。これでは、「この条約は、まるで池に目薬を差すようなものだった」、とオバアちゃんも怒っていました。」

先生:「みんなも結構怒っているようですね。確かに、今の日本では北海道や本州の高い山以外ではほとんど雪が積もらなくなりましたね。長野ではリンゴが取れなくなって、今やミカンを栽培する農家が増えてきました。九州や四国では気温が高すぎてコメが取れなくなり、今ではマンゴーやパパイヤやパイナップルなどが主な農産物になりましたね。」

生徒G:「でも先生。マラリアやデング熱など熱帯の怖い病気や毒虫も南から入ってきて、いま大変なことになっているよ。子供は、草むらで遊ばない様に注意されているし。」

先生:「そうですね。そういえば学校行事から遠足や林間学校が無くなってから何十年にもなりますね。」

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2009年3月29日 (日)

984 2100年の教室5

先生:「その他の生活や社会の変化についてはどうかな。環境に限らず20世紀に大きく変化したと思ったことを発表してください。」

生徒B::「やっぱりその時代の最大の変化はインターネットの普及だと思うよ。いまでは、ほぼ100%の人が携帯端末でインターネットを使っているけど、端末は薄くて軽くてどこにでも持ち歩けるので、今では紙のメディアは図書館で古い本を読むとき以外は使われなくなったよね。新聞や雑誌も端末で見るし、学校でも教科書はすべて端末にデータが記録されているので、この紙のようにクルクル巻いて持ち歩ける薄い端末だけですべての情報が手に入るんだよ。その技術の元は20世紀の終わりごろになって急に発達したんです。」

先生:「そうですね。確かにその時代に本当に急速にインターネットが発達しましたが、ではその本当の原因は何だとおもいますか。その時代でも、紙の新聞や雑誌や本やテレビや電話があったのに、なぜインターネットが発達したんですか。」

生徒D:「それはネットが滅茶苦茶便利だからだよね。何か調べたいことや知りたいことがあれば、キーワードを入れるだけで、信じられないくらい多くの情報が一瞬で表示されるんだから、いちいちぶ厚い紙の辞書を開く人がいなくなったんだと思うよ。」

先生:「その他の意見はないですか。」

生徒F:「私は、自分もそうだけど、インターネットが発達して多くの人が<ネット依存症>になったのだと思います。」

先生:「ほう、それは面白い見方だね。もう少し詳しく説明してみてください。」

生徒F:「本で読んだことですけど、人間の脳は情報に飢えていると言われています。例えば、人間は何も無い部屋で長い時間を過ごすと、すぐ退屈するし、1週間を超えてその状態が続くと頭がおかしくなるとも言われています。そんな人間にとってのインターネットは、乾いた砂に注ぐ水のようなモノだったのだと思います。だからすぐに多くの人々は、情報の泉であるネットに強くひかれて依存症になったのだと思います。」

先生:「面白い見方だね。では、今みなさんが持っている端末を寝るとき以外手放さない人はどのくらいいますか。手を挙げてみてください。」

全員がしっかりと手を挙げる・・・。

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2009年3月28日 (土)

983 2100年の教室4

先生:「乗り物の話題のついでに飛行機についてはどうですか。これについて調べてきた人はいますか。」

生徒F:「私は、飛行機の歴史を少し調べてきました。」

先生:「どんなことですか」

生徒F:「飛行機は20世紀の代表的な乗物と言われていましたが、2020年ごろの第3次石油ショックが起こって、燃料が何倍にも高くなって国際線以外ではほとんど使われなくなりました。代わって、新しい考え方のエネルギーをほとんど使わない飛行船ができて、今世紀の後半になって国際線にも少しずつ使われるようになってきたんです。少し不便なことは、アメリカに行く時はジェット気流に乗れるので、2日くらいでいけるんですが、帰りはヨーロッパ経由で地球の反対側を回るので3日もかかるんです。でも最近叔父さんとそのお嫁さんが新婚旅行にこの飛行船を使ったそうですけど、飛んでいる最中は音がほとんどしないので、ロマンチックで良かったと喜んでました。」

先生:「確かに飛行船は、先生も一生のうち一度は乗りたい乗り物の一つですね。」

生徒F:「お父さんの会社はその開発に関わったらしいんだけど、お父さんから前に聞いた話だと、その新しい飛行船は、<ザイロン>という非常に軽くて強い繊維で作られた膜で出来ていて、表面には、これも薄くて軽いフィルムの太陽光発電膜を貼っているんだよ。普通はモーターで回るプロペラと、自然の気流を利用しているので、燃料は非常用に少し積んでいるだけなんだって。」

先生:「ザイロンは20世紀に日本人が発明したスーパー繊維ですね。炭素繊維よりさらに2倍以上も強いんですよ。」

生徒F:「今は石油資源がずいぶん少なくなってきたので、飛行機もやはりその影響を強く受けた乗り物だと思います。」

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2009年3月27日 (金)

982 2100年の教室3

生徒E:「僕はこの時代の乗り物について調べてきました。」

先生:「どんなことですか。」

生徒E:「僕が大好きな鉄道です。20世紀の後半は、鉄道のスピードが一気に何倍にもなった時代だということです。それまでは、狭い幅の線路だったので、100キロを少し超えるスピードしか出せなったけど、20世紀の「昭和」という時代の中頃に「新幹線」という超特急列車が開発されたんです。最初は200kmくらいで走っていたこの列車は、どんどん改良されて時速300kmくらいまで出せるようになったんだよ。」

生徒A:エッヘンと咳払いをしながら、「ジーちゃんのジーちゃんは新幹線の運転手だったんだよ。」

生徒E:「へー、すごいね。」

生徒D:「でもその後リニア新幹線ができて、時速500km時代になったんだよ。」

生徒A:「リニアは確かに速いけどジーちゃんはあまり乗りたくないと言ってたな~。何でも超電導磁石から出る強力な磁力線が体に悪い影響を与えるかもしれないという研究もあって、まだ医学的な結論が出ていないといってたなー。」

生徒C:「エネルギー消費で見ると車体が軽量化された今の在来線が、新幹線の倍くらい優秀で、リニアの1/3くらいの電力で走れるので、今後もなくならないだろうと本に書いてありました。

生徒A:「ジーちゃんもトンネルが少なくて、駅弁を食べながらゆっくり走る在来線が好きだと言ってたよ。」

生徒E:「僕はスタイルがかっこいいリニアが好きだけど、確かに2025年にできてから故障が続いて、運賃も高いので乗客の数はちっとも増えていないんだけどね。」

先生:「そうですね、20世紀は人や物をできるだけ早く・多く輸送することが価値を生むと言われていた時代だったようですね。でも、地球の温暖化が加速して、石油エネルギーの産出量が減ってくるにつれて、今あるような軽量でコンパクトな鉄道や太陽光エネルギーも併用した<ハイブリッドトラック>などが主流になってきたんですね。」

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2009年3月26日 (木)

981 2100年の教室2

先生:「では皆は、この20世紀の後半に、一体何が起こったと思いますか。社会の仕組みでも良いし、毎日の生活でも良いから想像してみてごらん。」

生徒A:「ジーちゃんから聞いた話では、ジーちゃんのジーちゃん達は、20世紀の後半に、経済という仕組みを使って、日本の国のお金を何十倍にも増やしたのだそうです。」

生徒D:「その時代に、世界の人口は一気に2倍にも増えたんだよ。」

先生:「そうですね。20世紀の初めや中頃には大きな戦争があって、その後も色々な地域で小さな戦争が続いて何百万人も死んでしまったけど、経済の力で食べ物が豊富になり、一方で医学も進歩して、栄養失調や病気で死ぬ人がずいぶん減ったので、日本を含めた世界ぼ人口が爆発的に増えてしまったんですね。今の世界人口は100億人を少し越えてしまいましたが、実は最近の統計では、気候変動や環境悪化で農産物がほとんど取れなくなった地域が増え、飢えで死ぬ人が増えて、世界の人口が少しずつ減り始めたと報告されていますよ。最近のネット新聞で、アメリカやオーストラリアやアフリカでのひどい干ばつのニュースを見た人は居ますかー。」

生徒ほぼ全員:手を挙げる。

生徒B:「ネットで見た映像では、干ばつのひどいアフリカの草原で、動物の食べる草や木が枯れて、像やキリンやシマウマがバタバタと死んでいるのを見て可哀そうだと思いました。」

生徒A:「ジーちゃんから聞いた話では、アメリカ中西部では今世紀の中ごろに地下水が枯れて、農業がほとんどできなくなっていと言っていました。」

先生:「今では、カナダやシベリアの元は凍土地帯であった場所が切り開かれて農地に変えられてきていますね。」

生徒D:「でもだいぶ前に、あまり水を使わなくても育つ作物の品種も開発されたんだよ。」

先生:「そうなんだけど、残念ながら全く水が必要ではない作物はまだ開発されていないので新しい品種でも、これまでの半分程度の潅水は必要なんです。」

生徒D:「そういえば、この前この新しく開発された「節水小麦」という品種で作られたパンを食べたけどパサパサしてあまり美味しくなかったなー。」

先生:「食糧の話になったけど、この時代にその他の社会生活で変わったことはありませんか。もう少し考えてみてください。」

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2009年3月25日 (水)

980 2100年の教室1

さて抽象論は書くほうも疲れ、たぶん読むほうも飽きてきたと思うので、これまでとは違ったスタイルで、数回のフィクションを書いてみようと思います。物語の場面は、100年後の日本の中学校の授業風景のつもりで、対話形式で書いてみようと思います。

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先生:「みんな、先週出した、歴史の宿題はやってきたかなー」

生徒A:「どうやって調べればよいか良く分からなかったので、ジーちゃんにヒントを貰いました。」

生徒B:「インターネットで調べたんだけど、色々な見方があってかえって分からなくなりました。」

先生「そうかも知れないね。<日本近代史における環境政策の失敗>というテーマは少し難しかったかもしれないなぁ。でも、間違っても良いから、調べてきたことを発表してごらん。」

生徒C:「私は、エネルギーを使う量と、エネルギーの値段の変化を調べました。20世紀後半には、オイルショックという事件が2回くらいあって、石油の値段が一気に2倍になった事があるそうです。でも、その後、逆のオイルショックが起こって、長く石油の値段が低い時期が続きました。その時代に急激に石油を使う量が増えたようです。21世紀のはじめにも原油の値段が2倍くらいになった事がある様ですが、すぐ元に戻ったと記録されています。」

生徒A「ジーちゃんによると、オイルショックが起こっても、エネルギーの使用量は殆ど減らなかったので、100年以上前に京都という場所で、世界中の偉い人が集まって、エネルギーの使い過ぎを止めようと話し合ったそうです。」

生徒B:「ネットで調べた、エネルギーの使用量のデータだと、この話し合いがあった後も、エネルギーの使用量は逆に増えていったようなんです。」

先生:「20世紀の後半に大切なポイントがありそうだね。ではもう少し、この時代に起こったことを考えてみるとしましょう。」

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2009年3月24日 (火)

979 環境の意味

これまで、「環境」を、種々の喩え話で書いてきましたが、ここで正確な言葉でまとめてみます。しかし実際に始めて見ると、それは結構難しい作業であることが分かります。つまり、環境を議論するためには、「自己」と「環境」の間に線を引く作業が必ず発生するからです。自己の外側にあるものが、即ち環境になります。

ところが、例えば、腸内環境という言葉があります。人間の場合、自己の境界線(面)が皮膚だと仮定した場合、腸は果たして身体の内部であるのか、はたまた外部であるのかを考えると頭がこんがらかります。確かに胃や腸の内部(外部?)にも粘膜という皮膚があり、それは口から肛門まで外部に向かって開放されていると言えなくもありません。

そこで、投稿者としては、少し整理して「自己」と「環境」とその間の「インターフェイス」に3分することを提案したいのです。上の例の腸内とは、まさにそのインターフェイス部分である訳です。そこでは、食物を分解(消化)し、それを体内に取り込むための吸収(同化作用)が行われる特殊な場所になります。これを人間社会と自然環境の関係に敷衍すると、インターフェイス部分に当たるものとしては、例えば「里山」や耕作のされていない「草原地帯」などが挙げられるかも知れません。そこは、自然環境と人間社会の間の直接的な軋轢を緩衝する場所でもあるわけです。しかしながら、全ての「経済的なムダ」を排除する癖のついた今の文明は、これらの本来必要なインターフェイスまで、無駄なものとして切り捨ててきたのでした。里山は、切り開かれて宅地や農地に変えられ、ステップと呼ばれていた草原地帯は、太古の昔に溜まっていた地下水を汲み上げて人工的に潅漑され、農地になってしまいました。

身近な例でも分かるように、木を切り払ったり焼き払って作った農地ではインターフェイスが殆ど無くなっているため、イノシシやシカなど動物の食害を受けたり、保水力の無い土壌故の鉄砲水や短期間の旱魃にも極端に弱くなってしまいます。それは、さながら人間が、点滴で直接体内に栄養素を取り込むような行為にも似て、決して持続可能であるとは言えない状況なのです。

ここでの結論を言えば、通常の意味で言う「環境破壊」とは、投稿者の言葉で表現するなら「インターフェイス破壊」と呼びかえるべきではないかと思うのです。勿論、地球上の多くの場所では、インターフェイス破壊が極端に進んだ結果、自然環境自体も取り返しのつかない破壊を受け始めている現場の多いのも事実ですが・・・。

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2009年3月23日 (月)

978 月・水木・土日人

問題ばかり並べたてるのも後ろ向きですので、ここでは環境問題の解決につながるキーワードを、一週間の曜日になぞらえてみましょう。これは、以前のブログでも細かく書きましたので、ここでは概略を繰り返すに留めます。これらは、すべて環境に負荷を掛けない持続可能なエネルギー源を表しているというのが投稿者の主張なのです。まず「月」ですが、地球に比べてもかなり大きな衛星である月は、結構強い引力を地球に及ぼしているのです。その強さは、例えば海の満ち干で確認する事が出来ます。海面を数十センチ、場所によっては数メートルも引き上げる力は強大なものです。実際、これを利用した潮汐発電も一部では実用化され始めています。「火」は化石燃料に通ずるのでここでは無視します。「水」は、太陽光によって大気中に蒸発させられ、やがては雲になり雨や雪になって地上降り注ぐ淡水を指します。昔から、私たちは水車などの形でそのエネルギーを利用してきましたし、何よりそれを田畑に導いて作物を育てて命の糧を得てきたのでした。「木」とは、樹木に代表される植物を指します。植物様の項で植物様の項で詳しく述べましたのでここでは省略します。

「金」は金属の意味であり、地下から掘り出す有限な資源なので、やはりこれも無視することにしましょう。さて「土」ですが、これは単なる土を意味するものではなく、植物を育む「土壌」を指します。土壌とは、その中に多くの有機物やミネラルや微生物を含む「システム」でもあるわけです。岩石を細かく砕いただけの土では、植物がまともに育たないことは、たぶん小学生でも理解できるでしょう。「日」は言わずもがなですが太陽光を意味します。それを浴びて植物が生長し、地球の平均気温を15℃程度に維持し、人間のささやかな知恵で太陽光発電もできるようにもなりました。石油や石炭や天然ガスも含め、太古の昔まで遡ればそれらもやはり太陽光のもつエネルギーが固定され、地下に埋もれたものであることは疑いありません。

「人」とは人力の意味であり、自転車に代表されるように利益を受ける人自身が力を出すのがもっとも環境への負荷が小さいのです。「月・水木・土日人」が今後のあるべき社会のキーワードであることが何となくお分かりいただけたでしょうか。

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2009年3月22日 (日)

977 温暖化の本質

ここで、温暖化の本質をもう一度確認してみます。地球の生命は、実のところ「温暖化に100%依存している」と認めるしかありません。もし、地球に大気が無いと仮定した場合、地球の平均気温はマイナス18度程度まで下がるとも言われています。しかも、太陽に照らされる昼の部分と、その反対側の夜の部分では、気温の差は100℃を大きく超えると想像できます。それは例えば、最強の温暖化効果ガスである水蒸気が極端に少ないカラカラの砂漠地帯では、昼夜の温度差は50℃程度に上ることからも類推できるでしょう・

しかし、幸いなことに地表には大量の水が存在し、それが大気中に蒸発し、気体となったもの(水蒸気)がフトンとなって、地表の日較差や年較差を最小限に留めていてくれています。オゾンや、メタンや炭酸ガスは、それらを全部合わせても、温暖化効果の8割を占める水蒸気に比して、わずか2割にとどまります。この2割の中では、その量が膨大なために(大気の0.04%弱程度)炭酸ガスが温暖化傾向の悪役とされています。その悪役の働きとは、実のところ赤外線の強いスペクトル吸収力にあります。その役割は、水蒸気が受け持っている守備範囲(波長5-8μm)よりは短い3μm弱や4.5μmを中心としたバンドにあります。短い波長の光(電磁波或いは赤外線)は、そのエネルギーポテンシャルが長い波長の光より非常に高いため、それをしっかり受け止めてしまう炭酸ガスの悪さ加減は、水蒸気よりかなりひどいと言えるのです。

不幸にも、炭酸ガスは無味無臭で色も付いていないガスですので、一方で植物の光合成やドライアイス製造や不活性ガスとして価値はあるものの、一方で不用になったものは、簡単に大気中に捨ててしまえるという困った特徴も兼ね備えてもいます。私たちが呼吸している大気には、誰が捨てたか分からない気体ゴミとしての炭酸ガスが3割は含まれている計算になります。それに加えて、炭酸ガスは重い気体であるがゆえに、その悪さが私たちの住む「大気の底」でより強く働く点も忘れてはなりません。対流圏では、もちろんある程度は拡散しますが、手元に詳しいデータはありませんが、相対的に見れば地上付近が最も高い濃度になっていることでしょう。

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2009年3月21日 (土)

976 都市文明

前世紀はまた、都市への人口集中が非常な勢いで加速した時代でもありました。それは、農業技術の発達によって、人口の増加への歯止めが外された事、大きな都市人口を支える交通・運輸や電気、水道などのインフラが整備された事などによって可能となりました。と言うより、人口増加と都市集中の圧力によって、後追いで行政がインフラ整備をせざるを得なくなったと表現すべきでしょうか。日本ではあまり見られませんが、海外の多くの大都市では、そのインフラ整備から取り残された街外れに、スラム街が見られます。これも、間違いなく都市の一面ではあります。

多くの都市は、計画的に造られ拡大していったのではなく、元々あった集落が、人口の流入によって膨れ上がり、後追いでインフラ整備や再開発がおこなわれた結果でしかありません。また結果として、高層住宅が必要になりましたが、その郊外には一戸建ての住宅地域が広がっており、都市中心との間に鉄道や道路が放射状に伸びている姿が、典型的な姿となっているでしょう。

都市は、その機能(より多くの人が群れて暮らす)の実現のために、徹底的に自然が破壊されます。その上で、人間だけが暮らせるように建物や道やインフラが再構築されます。しかし、歴史が示すように、大都市が長い時間を超えて栄えた試しはありません。江戸(東京)が数百年の歴史を刻んできたとしても、それは僅か数百年と言わざるを得ないでしょう。アテネやローマは、古代の小都市の遺跡跡地に今の都市文明再構築された数少ない例に過ぎません。

都市文明の脆さは、その殆んど全てが人工的に造られたものである点にあります。鉄やコンクリートのインフラが、数千年を超えて維持できるはずもありません。それらのインフラは、精々数十年の近視眼的な計画で作られたはずなのです。しかも、そのインフラを下から支えているのは、主に石油や天然ガスを中心とした化石エネルギーです。鉄やコンクリートや化石エネルギーに頼り切っている今の都市文明の生き死には、まさにこれら地下資源の残量だけに100%依存していると言うしかないのでしょう。

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2009年3月20日 (金)

975 ホモポーテージ

現代の文明の際立った特徴としては「運ぶ文明である」ということが挙げられます。確かK川紀章だったと思いますが、ホモ・モーベンス論で、とにかく移動する存在としての人間論を展開していますが、取り敢えずここではそれに倣って、もの運び続ける人間を、ホモ(Homo)+ポーテージ(Portage)で、ホモポーテージとでも命名しておきましょうか。

974でも書いたように、とにかくモノを運ばなければ、現代の社会では夜も日も明けません。この社会にはストックというものが殆ど無くなってしまったのです。勿論数ヶ月分の石油備蓄や古米や古古米あるいは、無理やり買わされた輸入米などの限られたストックは存在します。しかし、殆どの消費財は、ごく僅かな流通在庫を除けば、数日か数週間で在庫が底をつく事でしょう。腐る恐れの無い金属材料や工業製品については、それなりのストックはあるでしょう。しかし、カンバン方式の末端までの浸透によって、それらの在庫さえも極端に圧縮されてしまったのです。

結果として、私たち、夜も日もなく、狂った様に日々モノを運び続けなければならない運命に落とし込まれているとも言える状態にあります。何しろそうしなければ、食べ物が切れて、飢え死にする人たちが大量に発生するからです。6割の食料を海外からの輸入に頼っているこの国では、その内の半分が過食や期限切れや食べ残しの生ごみとして無駄にしていると仮定しても、人口の約1/3が飢餓に曝される計算になります。

これを宇宙から眺めると、地上に何やら鉄でできた箱にモノを積んで、夜も日もなくせかせかと運ぶ多くの生き物(人間)と、ほとんど動かないでのんびりと草を食んでいる少し大型の生き物(牛や羊などの家畜のことです)が観測できるはずです。UFOから私たち人類をじっくりと観察した宇宙人は、「あれこそホモポーテージだ」という意味のことを宇宙語で叫ぶと思うのです。

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2009年3月19日 (木)

974 石油文明

何度も言及してきましたが、20世紀文明(と言うか現文明)は、最終章になって石油文明と呼ぶべき特徴を鮮明にしてきたのでした。石油は、今や主要なエネルギー源であると同時に、プラスチックなど化学工業の主要な原料でもあるわけです。燃料としての石油無しには、自転車以外のほとんどの乗り物がただの鉄やアルミの箱になってしまうでしょうし、事実上石油系プラスチック無しに、ほとんど全ての製品の生産がストップしてしまうでしょう。基本的には鉄の箱である車でさえ、内装材の殆どにはプラスチックが使われているはずです。

衣服についても例外ではありません。綿や毛100%の衣料は今では稀で、多くは化学繊維との混紡品となっています。住宅についても見回せば、内装材や寒冷地でのサッシなどにもプラスチックが使われています。更に電線や水道管の類にいたるまで、石油系プラスチックが使われています。気がつきにくい点ですが、建設資材として重要な資材であるセメントでさえ、石灰岩を加熱して炭酸ガスを追い出す「ロータリーキルン」には大量の化石燃料を燃やした熱が不可欠です。セメント1トンを生産するのに、その重量と同じ程度の目方の炭酸ガスの発生が伴っているのです。原子力の比重が大きな少数の先進国を除けば、主要なエネルギー源は電力であれ、輸送用であれやはり石油頼みです。食糧でさえも、石油で動く農業機械を多用し、電力を使って地下水を汲み上げ、石油に依存したトラックや船舶の輸送網を使って、消費者に配送されます。

こう見てくると、これは石油文明と呼ぶよりは「石油依存症文明」と呼ぶべきかも知れません。依存症の恐ろしい点は、それが気づかない内に深く進行し悪化することです。アルコールであれ、ニコチンであれ、薬物であれ、強い弱いという差こそあれ依存症の特徴は同じです。その意味では、私たちは石油に「強い依存症状」を示していると言わざるを得ないでしょう。以前にも書いたような気がしますが、依存症の改善には「それ」を遠ざけるしかありません。短期的には禁断症状が出るでしょうが、それは覚悟しなければならないでしょう。まずは、可能な限り「石油絶ち」して1週間暮らして見ることです。例えば車に乗るのを止めてみることです。そこからきっと何かが見えてくると思うのです。

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2009年3月18日 (水)

973 ○○屋

現代社会から消えた或いは消えかけている商売やビジネスを考えて、それらを偲んで見ようと思います。それらは、たいてい○○屋という名前がついているはずです。桶屋、篭屋、提灯屋、蓑・傘屋、屋根屋、鍛冶屋、鋳掛屋、屑物屋、八百屋、薬売り、米屋、自転車屋、下駄屋、建具屋、左官屋、古道具屋、ラジオ屋、仕立て屋などなどです。これらは、基本的には個人経営か家族経営で、それを経営する職人の技が主な売り物となっています。また、主人と客は完全な対面販売で商売を行い、顧客の要望により品質や値段に関してはほぼ個別の交渉を行っていたことでしょう。

実は、この事はビジネスの基本の「き」であるはずなのです。つまり、顧客の信頼や満足無しには、リピート注文はありえない訳で、リピート客の無いビジネスは早晩立ち行かなくなるからです。その意味で、今のビジネスは顧客の気持ちがあまりにも軽視されていると言えそうです。それは「プロダクトアウト」と表現される場合もありますが、いずれにしても、大量生産を意識しての作りやすさ、価格の安さ、品質の絞りやすさなど、作り手側の都合だけで生産されていると思うのです。確かに市場調査と称して、1000-2000人程度のアンケートは行っているかも知れませんが、それは顧客の意見の最大公約数でしかありません。

仕立ての良い洋服が型崩れせずに長く着られるのは、その洋服が着る人の体系にぴったり合っているからで、型崩れどころか、着るほどにその人の体系にますますフィットしていくはずなのです。同様に、ユーザーの手の大きさや器用さに応じて調整された道具は、使い込むに連れてますます手に馴染んでいくことでしょう。

○○屋とは、結局は顧客の要望を形にする職人であると定義しても良さそうです。今後のビジネスを考えるとき、すでに言い古された言葉である「マーケットイン」でもまだ不十分です。もっと個別の対応である「カスタマーイン」でなくてはならない、と自営業になってみてしみじみ思います。というわけで、投稿者の選んだ商売は「環境屋」だったのでした。

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2009年3月17日 (火)

972 お経

お迎えが段々近くなると自動的に考えも線香臭くなるようです。さて、お経とは、たぶん偉い人の教えを書き写し、万人が日々唱えることの出来るように、様式や音韻を整えたものだと想像しています。投稿者も、3年間も同じようなことを繰り返し書いているうちに、ふと「お経」という言葉を思い出しました。重要だと思ったことは、自分自身の道標となるように、言葉を替えて数回は書いているつもりです。しかし、同じような事を書くのに、100回も繰り返して書けば、言葉や内容も収束してくるはずです。それは、ほとんどムダが削がれて、真理にかなり近いものになるのかもしれません。例えばこの3年で、同じような内容で3回書いたとしても100回書くまでには、今後30年は要するはずで、その意味で、新米の環境坊主である投稿者には、まだまだ「経文もどき」も書けそうにありません。

勿論、どんなに立派な経文や教義であったとしても、それが人の口から発せられたものであり限り、「真理」ではなくなっているはずです。何故なら、言葉とはその言葉が使われている文化に左右されるでしょうし、それぞれその文化には固有の価値観が存在するからです。価値観は本来自己やコミュニティを中心として形成されるものですから、それがどんなに素晴らしい教えであったとしても、真理からの「乖離」は避けられないわけです。

ここで言いたかったことは、真理に近づく努力は欠かせないにしても、しかしどんなに努力を重ねたとしても、私たちは永遠にそれには近づけないという「事実」があるという点です。その意味では、このブログも「新米環境坊主」の一面的な思いでしかなく、1000題近く書き続けて来た結果、言葉としてはそれなりに絞られてきたとは思いますが、実際のところ真理(真実)の周りを徒にグルグル回っていただけだとも言えるでしょう。なんとなく環境という「手のひら」の上を、キント雲に乗って飛び回っている孫悟空を思い出しました。

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2009年3月16日 (月)

971 植物様

お天道様の次に偉いのは、言わずもがなですが、葉緑素を発明した「植物様」たちです。私たちのご先祖様は、さすがに植物様とは呼びませんでしたが、収穫物は一粒たりともムダにせず、しかし自分たちの口にする分を削っても神々にささげて感謝し続けてきたはずです。現代の庶民の中では、忘れられてきていますが、今でもそれは皇室や神社では最重要の行事であり続けているはずです。

植物のもっとも偉い点は、太陽光と水と炭酸ガスと土壌中の少量のミネラル分だけから、複雑な有機物を合成するプロセスを「発明」したことです。植物の体を構成するセルロースやヘミセルロースやリグニンは言うに及ばず、動物の主たる食糧となる炭水化物やたんぱく質やビタミン類など、それは動物生命を維持するに「必要かつ十分」な質と量であったでしょう。と言うより、必要かつ十分な量となるように、動物の種類と数は厳密に抑制されていたのでした。これは自然界のオキテと呼んでも良いでしょう。しかし、そのオキテの例外を作ったのは他ならぬ私たち「人類」にほかなりません。

品種を改良して収量や味を改善した植物は、人間社会では「作物」と勝手に呼ばれ、その結果原種に比べて、土地からの養分やミネラル分を何倍も多く吸い上げる困った性質も併せ持っています。その結果、作付けにより短期間のうちに土地が痩せてくるため、焼畑農業の様に畑地を毎年移動させるか、あるいは化学肥料を施肥して、収穫量を維持するしかありません。つまり焼き払う土地(林地)が無くなるか、あるいは燐鉱石や石油が不足して化学肥料が十分に作れなくなった時が、現代農業の終焉となるのです。それは、植物を勝手に品種改良し、自分たち(人間だけ)に都合よく利用してきた報いと言えるかも知れません。その意味では、私たちが今後是非していかなければならないことは、植物の話に耳を傾け、そのご機嫌を伺うことだとも言えそうです。

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2009年3月15日 (日)

970 お天道様

太陽に「様付け」して、お天道様と呼ぶのは、日本をはじめとする少数の国だけかも知れません。しかし、このすばらしく奥ゆかしい文化は是非次世代にも残したいものだとしみじみ思います。どのような道筋で考えても、私たち生き物の命は、100%お天道様に依存しているというしかありません。植物が発明し、気の遠くなるような年月を経て改良した葉緑素を使って、しっかり固定してくれた有機物を、小動物が摂食し、それを大きな動物が食べ、それを更に大型で強い動物や人間が餌や食糧にするという食物連鎖は、動物が死んで地面に還り、植物の栄養素となって「リサイクル」するという循環を繰り返すためのエネルギー源は、唯一太陽が放つエネルギーだけなのです。

だからこそ、天岩戸?が開かれて以降、私たち日本人は、太陽に「様付け」する伝統をかたくなに守ってきたのでしょうし、だからこそ、仏教が輸入されてからも、仏壇の上にはしっかりと神棚が祀られてきたのでしょう。村々から見て真東の山の頂上は、春分や秋分の日にお天道様のお出ましになる神聖な場所であり、信仰の対象であり、同様にお天道様の移動に関係するモニュメントは、同様に信仰の対象になったでしょう。具体的には大木や大岩や祠や滝などです。人工の建物や建造物や墳墓も、やはりお天道様の恩恵を受けやすい形や方角を気にして造られてきたはずです。古墳やピラミッドをしっかりと観察したことはありませんが、その構造は間違いなく黄道に支配されているはずです。何故なら、古代人ほど自分たちがお天道様に依存し、そのエネルギーの恩恵を受けている事を強く感じていたと思うからです。

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2009年3月14日 (土)

969 より不便な道

環境問題を少しでも軽減に導く最も簡単な方法を紹介しましょう。それは、何かの行動を起こす際に、より不便な方向、つまりは自分の体を動かす方を選ぶだけです。移動には、車ではなく、歩きと公共交通機関を選びます。食べ物に関して言えば、少し歩いて近所の農家が作っている野菜を、無人販売所から買いましょう。遠くの大工場で作られ、遠路はるばる運ばれてきた「加工食品」ではなく、自分で調理した料理を口にします。

ゴミは、混ぜてポイっと捨てるのではなく、少なくとも自治体で決められているレベルまでは分別します。何より、ゴミの量を減らす工夫を積み重ね、片手で持てるくらいの小さなゴミ袋を「自慢」しましょう。そのためには、特にゴミになる包装材の少ない、簡易包装の商品を選ぶ必要もあります。

蛇口をひねればガス給湯器から出てくる(化石エネルギーで暖めた)お湯ではなく、屋根に上げた太陽熱給湯器からのお湯を、お天気による温度変化を気にしながら湯船に張ります。翌朝には是非その残り湯を、使って洗濯をしましょう。

暑い夏でも、スイッチを入れれば一定の温度の冷風が出るエアコンに頼るのではなく、まずは団扇であおぎ、それでも死にそうなくらい暑かったら、水シャワーを浴びてから扇風機を回せば良いのです。エアコンの室外機からは、外の空気より更に熱い空気を隣家に送りつけていることを忘れてはなりません。

冬の寒い日には、仕方が無いので目いっぱい着込みます。背中や首筋に「寒さセンサー」が集中しているので、そこを重点的にカバーしましょう。また、手足は血液が回りにくい体の端っこにあるので、指ぬき手袋や室内履きで保温します。この程度カードすれば、投稿者の事務所のように、夏冬でも冷暖房無しでギリギリ辛抱できるのです。幸いなことに、日本の暑さ寒さは「ほとんど冷暖房無しに辛抱できるレベル」なのです。粗末な家に住んでいたご先祖さまたちや、望まずして路上暮らす人たちがそれを実証してくれてもいます。

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2009年3月13日 (金)

968 諦める

リサイクルだとか節約だとか省エネルギーなどで、この危機的な環境悪化の状況が改善できるとはとても思えません。何故なら、地球規模の環境変化には、非常に強いイナーシャ(慣性)が存在するからで、その傾向に歯止めを掛けるにはなまじっかな努力では追いつかないはずなのです。それは、坂道に駐車していた大型ダンプが突然動き出したとき、人手でだけで止めようとする努力に似ているかもしれません。節約や省エネルギー程度では、転がり落ちるダンプの勢いを少しだけ弱めることができるだけにとどまるでしょう。

そうではなくて、今必要なのは強力なブレーキ行動なのです。勿論、今完全に化石エネルギーの使用を止めたとしても、温暖化がとまるわけではありません。それは上に述べた強いイナーシャのせいです。しかし、S-パーマンのC.ケントの様に時間を逆転させることが叶わない私たちに出来る事は、可能な限りゼロエミッションに近いライフスタイルを始めることくらいです。

さて、化石燃料や地下資源を目いっぱい掘り出して積み、目方が極端に大きくなったダンプを止めるに、「京都でのささやかな約束」程度の貧弱なブレーキしか無い事が分かった今、私たちに出来るのは、ダンプの重量を精々減らすために、積んだ荷物を捨てることくらいでしょう。それは、車に積み込んだ「お宝」に執着することをスッパリ諦めて、車外に放り出すことを意味します。そのためには、私たちは、Needs(不可欠なもの)とWants(あったほうが良いもの)を明確に分けて考える必要があるでしょう。しかし、例えば車ひとつをとっても、それが不可欠と考える人とそうでない人のレベルを合わせるのは至難の業だと言えます。無理やり合わせるためには、やはり強制的な環境負荷税(環境税)を導入して、環境的に贅沢なものは無理やりにでもWants以下に引き下げる必要がありそうです。諦め易くするための具体的な方策についてはもう少し考えて見ます。

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2009年3月12日 (木)

967 ジェットコースターの法則

今の文明をジェットコースターに喩えるのは、結構分かりやすいかも知れません。この、現代的なアトラクションは、死人が出るほどその過激さを加えながら、年々進化を続けています。その高さ、その加速度、その恐怖感においてです。しかし、どんなスタイルのジェットコースターでも、必ず出発点に戻ってこなければならない「運命」にあることを忘れてはならないでしょう。この「運命」は、現在の社会システムや経済システムにもつながる、と考えるのは投稿者だけでしょうか。化石エネルギーは、確かに私たちを高みには連れて行ってはくれました。ラッキーな一握りの人は、宇宙空間や月面にさえ行くことも出来たわけです。普通の人でも、旅客機に乗って10kmほどの高さを飛んで海外に出かけ、車で足を使って走るのに比べ何倍も速く走り、数十階建ての「空中」にも住むことが出来る時代になったわけです。

しかし、ジェットコースターの法則が、この文明にも当てはまると仮定するならば、もはや石油の半分を使い果たしてしまった私たちは、今以上の高みは望まず、惰性だけを頼りに出発点に戻る努力をするしかないわけです。現代文明=ジェットコースターの動力が石油であることは間違いないところですが、それが残り少なくなった今、私たちには景色を楽しんでいる余裕は無いわけです。できるだけ、モノ(荷物)を捨てて身軽になり、太陽からの恵み(自然エネルギーやバイオマス)の追い風を利用して、スタートの高さに近づくしかないでしょう。途中の高さに引っ掛かり、もはや動力源が切れた宙ブラリン状態は、大きな犠牲の発生につながると予想されます。

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2009年3月11日 (水)

966 お金の意味3

お金の持つ意味については、再三再四考えてきましたが、くどいと思われるのは覚悟のうえで、もう一度念を押してもおきたいのです。それは、今の時代の価値観が、あまりにもお金に傾斜し過ぎていると思うからです。お金=経済偏重の根本原因を考えて見るとき、スタートは産業革命にあったと確信できます。それまで、農業にしても手工業にしても、動力は家畜の力か、ささやかな水力以外はもっぱら人力で賄われていたのです。しかし、石炭や後には石油更には原子力といった化石エネルギーは、それまでの人力を何桁も大きくする「レバレージ」を可能とした訳です。このレバレージは、そのまま経済のテコともなり、それまでの経済規模もやはり何桁も膨張してしまう結果となったのでした。

はじめの頃こそ、お金の価値は「金(ゴールド)」で裏打ちされていました。金本位制です。しかし、世界中のゴールドをかき集めても、価値が何桁も足りない時代になって、紙のお金が、発行した国の信用を支えとして、大量に流通するようになったわけです。かつては、それがペソやリラやポンドであった時代もありましたが、今はドルやユーロに取って代られてしまいました。それにしても、ある紙幣の価値を裏打ちするのは、繰り返しますがある国が「経済的に破綻しないであろう」という信用でしかないことは強調しておきます。

それに付けても思い浮かぶのは、かつて投稿者も1年暮らした国、ブラジルでの信じられないほどの「インフレ事件」です。これは実際の経験ではないものの、かの国では年率1000%ものハイパーインフレが長期間続いたのでした。そのため、1/1000や数千分の一のデノミが何度も繰り返されましたが、これはとりもなおさず国家への希薄な信用のなせる業であったわけです。ここでの結論を述べるなら、お金とは「国の信用を印刷した紙」であり、その価値は現在では「信用だけ」に裏打ちされているに過ぎない、という非常に心もとない存在だということになります。以前このブログでは、「お金とは他人の時間を自由に使う権利である」とも言いましたが、経済への信用が極端に低下している現在では、その意味合いはかなり弱まっていると言わざるを得ないでしょう。それにしてもB国の信用度とDルの価値の行方は、まったく先が見えません。

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2009年3月10日 (火)

965 7世代先

「国家100年の計」という表現があります。この言葉には、物事は100年先を見越して決めなければならない、という意味がこめられていると思います。同じような表現ですが、アメリカインデアン(考えてみればこれはおかしな言葉で、ネイティブアメリカンというべきでしょうが、言いやすいのでここではこのままにします)は、部族の決め事をする時には、7世代先の子孫の幸福につながる場合は「是」、そうでない場合には「否」と決議されます。たとえそれが、今生きている世代が非常な苦労を背負うとしても、です。

ですから、白人が西部に進出してきた時、かの勇敢な「ジェロニモ」をはじめとする、多くのインデアンたちは、命を賭して先祖伝来の部族の土地を守ろうとしたのでしょう。彼らの自分の子孫が危ないという予感は、実は非常に正しかったのでした。必死の抵抗もむなしく終わり、いまや彼らの子孫は「居留地」で、食うには困らない生活は保証されてはいるものの、日がな一日特に為すこともなく、肥満と糖尿病に悩まされながら過ごしていると想像しています。

振り返ってみて、20世紀を通じて、先輩や私たち自身は、何を是としてこの国を動かしてきたのでしょうか。結局、私たちは自分自身の生活安定のため、精々自分の子供世代の幸福くらいまでしか考えることが出来なかったと思うのです。そうでなければ、資源の無節操な採掘や、酷い公害や、植民地や途上国の搾取などは起こらなかったでしょう。まして、「奴隷制度においておや」です。

伝統的には、この国のご先祖さまは少なくとも次世代あたりの幸福までは願っていたことは確かです。そうでなければ、国策だったとはいえ、あんな急な山々の斜面に、自分たちの世代には絶対伐採するはずも無い樹木を植林できたはずはありません。彼らは数十年後の子孫たちが喜ぶ顔を想像しながら、厳しい植林作業に耐えていたはずなのです。

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2009年3月 9日 (月)

964 地球のサイズ

環境問題を語る上で「地球のサイズ」の評価は重要です。温暖化の問題は、圧縮して液体に戻すと僅か1-2mの深さにしかならない「大気の量」にその根があります。深いところでは10,000mを超える水深がある水(H2O)と比べると、何桁もその量が少ないわけです。大気の組成は、不活性なN2と活性のあるO2に加え、微量な不活性ガスと、ppm単位で計られるCO2などから構成されていますが、いずれもH2Oの圧倒的に膨大な量に比べると、微量ないしは極微量と言うしかないわけです。

しかし、気候に対する短期的な影響力で言えば、1000年単位で動く海水(熱塩循環)に比べれば、数日で地球を一周してしまう大気の方が圧倒的に大きいと言えるでしょう。事実として、この100年間の「短期レンジ」で見ても、大気組成の変化(主には炭酸ガスやメタンやフロンガスの極微量の増加)により、地球の平均気温は、1℃は確実に上昇しているのです。極地方では、4-5℃の上昇になっているとも言われています。表面に近い海水温度も同じように上昇はしているのでしょうが、海流となって海底深く潜り込んだ膨大な熱量が、再び海面に顔を出すまでには500年は掛かる計算です。勿論海水に蓄えられ500年後に浮かび上がった膨大な熱量が、一体どんな災害をもたらすかは、カミのみぞ知るところかも知れませんが、大気からの影響に比べると、その膨大な熱量故に、温暖化が桁違いに悪化する可能性はあります。

いずれにしても、ちっぽけな人間が引き起こした、ちっぽけな環境破壊が無数に集積した結果が、今や地球規模でも無視できなくなった事は間違いありません。実際、自慢できることではありませんが、投稿者のたった30数年の短いサラリーマン時代だけでも、このちっぽけな地球を、自転車で2周、バイクでも2周、飛行機でも3-4周はしている勘定です。地球の真裏のブラジルにでさえ、24時間も飛行機に揺られれば着いてしまう時代なのです。

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2009年3月 8日 (日)

963 手分別

混ぜない技術を推し進めたとしても、分解場を作ったにしても、全てのゴミが100%なくなるわけではありません。そうであれば、私たちはゴミにする前に、徹底的に分別を進める必要があります。そうするためには、たとえばゴミ箱は20種くらい並べておき、捨てる側は(正しくは資源を置き直すというべきですが)正しい箱(ゴミ箱ではなく資源箱と呼ぶべきですが)入れる必要があるのです。

この種の正確な分別は、実は機械は全く苦手な分野なのです。金属の磁性・非磁性などは、非常に際立った性質の違いですので、これを利用してスチール缶とアルミ缶は分別できるでしょう。しかし、微妙に比重が違うだけのプラスチックの種類を見分けるのは、機械にはほとんど無理な芸当なのです。勿論、含まれる元素に特徴でもあれば(例えば塩素が多く含まれる塩ビなど)、比較的分別も楽でしょう。しかし、炭化水素のモノマーを重合させただけの種々のポリマー(プラスチック)の明確な分別は、赤外光や紫外光やX線などを組み合わせた複雑なセンサーでも使わない限り、正確な分別は出来ないでしょう。分別が不正確なままで、プラスチックをリサイクルすると、結局は品質が下がる「劣化リサイクル」しか出来ません。劣化(つまり不純物の多い)したプラスチックは、運搬用パレットや土木工事用のギボク程度としてしか活用できません。リサイクルの理想は、分別した資源を全く同じ製品に甦らせることなのです。

そこで活躍するのが「手分別」です。人間は、目で色合いを確認し、リサイクルマークを見て、手で触りさえすれば、ほぼ100%正確に分別が可能です。人間はそれほど優れたセンサーを持ち合わせているのです。これを活用しない手はありません。それでなくても、今や世の中には職を失った人があふれています。これからは、せっせと資源を分別する「立派な仕事」を増やすべき時代です。資源分別の達人には、ぜひ国家資格でも与えて、誇り高い職業に格上げしましょう。

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2009年3月 7日 (土)

962 分解場

この言葉は、投稿者が「工場」の反語として造ったものです。もっと良いネーミングがあれば、その内に入れ替える事にします。もし、投稿者が環境問題を解決するための法律を作るなら、リサイクル法でもなく、温対法(温暖化対策法)でもなく、環境税でもなく、全ての製造業者に自社の製品を完全に分解する「分解場」を設置させる法律を作ります。多くの最終メーカーは、実は組立業なのです。大Tヨタでさえ、エンジンに使う部品や車体の艤装品を全て内部で加工しているわけではりません。むしろ、社内で鉄板をプレスし、スポット溶接して作られる車体を除けば、殆ど全ての部品は部品メーカーで加工され、トラック輸送されてくると言っても良いほどです。

新しい法律では、使用済みとなったあるメーカーの製品は、販売店を通じて全て回収させ、製品と逆ルートを使ってメーカーに送り返します。メーカーは、設計・製造を行ったのですから、古い製品であっても、100%部品の材質を把握できるはずです。分解場では、とにかく人手を使って使い終わった製品を徹底的に分解します。手に負えない複雑な組立品(アセンブリー)は、仕方が無いのでそのまま部品メーカーに返送します。部品メーカーにも分解場はありますから、そこでも完全に「単体の部品」になるまで分解します。ここまで徹底すれば、鉄や非鉄金属でも合金種類毎、ゴムやプラスチックもその種別毎、モーターなどに使われる希土類磁石もその種類ごとに完全分別できるはずです。ここまでやれば、それぞれの合金ごとに溶解できますので、単純な鉄のリサイクルによってグレードの下がったしまった「くず鉄」ではなく、価値の高い特殊な合金鋼として、全く同じ製品に生まれ変わらせる事も可能になるでしょう。

一方、不景気で労働力が余った「工場」でも、その余剰を「分解場」で活用すれば、雇用問題も解決可能です。資源小国で、大量に海外から輸入しているこの国でも、実はストックとして多くの資源が製品の中に眠っているのだと考えて見るべきです。わずかな処理費を節約するために、道端に放置され、捨てられた廃車や家電の残骸を見るたびに、勿体なくてもったいなくて涙が出て。しまいます。

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2009年3月 6日 (金)

961 混ぜない技術

「あの」ドイツの標語を、再度書かないではいられません。それは「ゴミとは、間違った場所に置かれた有用な資源の別名である」というものです。ここで言う間違った場所とは、もちろん「ゴミ捨て場」を指します。「混ぜればゴミ、分ければ資源」という標語が日本にもありますが、投稿者としてはこちらには、ゴミを分別収集しさえすればリサイクル率が上がり、結果ゴミ問題は解決するという誤った認識、しかもネガティブな響きさえ感じてしまいます。これは、ゴミ問題に悩む行政が作り出した苦肉の標語ではないかと想像しています。

ドイツの標語は、そもそも「ゴミ」などという言葉を否定し、要らなくなったものを最初から丁寧に分別した上で多種類に区別された「資源置き場」を設け、そこに置くようにしましょう、という前向きの標語なのです。たとえば、日本ではプラスチックゴミとして、種々の用済みの製品やパッケージゴミを捨ててしまいます。しかし、この「資源置き場」に置くためには、単純なペットボトルでさえ、蓋をPE置き場に、本体をPET置き場に、包装フィルムをPE置き場に、それぞれ丁寧に分けて置き直さなければなりません。しかし、よく見て見るとPETボトルの蓋を開けると、ボトルの本体側には蓋の残りカスがついたままになっています。道具を使わないと、完全には分別ができないのです。

一方、もし真面目な技術者であれば、ボトル本体も蓋も、包装フィルムも全て同じ材質で作るでしょう。しかも、20回位洗って再使用できる程度に丈夫に作るでしょう。また真面目な飲料メーカーであれば、上記のような分別作業に協力した人に、高額なデポジット料金を払い戻すか、あるいは完全なリターナブルPETボトルに飲料を詰めて売るでしょう。

しかし、環境問題に敏感な消費者は、そもそもPETボトルに入った飲料を、エネルギーとしては普通の家数軒分の電力を消費するような自動販売機からは買わないはずなのです。使い終わったものを混ぜないようにする技術ももちろん大切ですが、そもそもゴミになるものを買わない行動の方がもっともっと重要なのですから。

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2009年3月 5日 (木)

960 水問題

このブログを締めくくるに当たって、環境問題としての水問題についても再度触れないわけにはいきません。何故なら、環境問題での水問題の位置づけが最も重要で、かつ緊急だからです。それは、これが多数の人間の生死に直結している問題であることがその理由です。温暖化の出前講座で、よくアメリカ中西部の農業地帯のG-グルアースの映像を使います。そこでは、いわゆる「ピボット農業」と呼ばれる、化石水を強力なポンプで汲み上げながら、コンパスの様なスプリンクラーで潅水する農場が「ゴマ粒」の様に無数に見られます。しかし、そのゴマ粒の直径は、平均的にも1000mはある代物なのです。注意しなければならないのは、井戸枯れにより耕作を放棄したと思われる、土色のピボットがかなり増えているという点です。アメリカ自身が公開しているデータでも、地下水の水位は年々低下しており、今では100mをはるかに超える深いところから水を汲み上げなければならなくなっているエリアが広がっています。化石水は、何万年も前、中西部が水を湛えた盆地であった時の置き土産に過ぎず、その量は精々五大湖に今蓄えられている水量と同等だといわれています。

その限られた地下水を、下手をすれば彼らは半分近くを使い果たしている可能性があるのです。そこで出来た、小麦やトウモロコシや大豆を多量に輸入しているこの国も、実は同じ船に乗り合わせていて、この問題を共有しているわけです。彼らとて、自分たちの食う分を削ってまで輸出してはくれないでしょうから、まずは近い将来に来るであろう不作の年に、穀物価格が2倍くらいに跳ね上がるのが不吉な兆しとなり、続いて構造的な「穀物不足の時代」が幕を開けることになるでしょう。その時期は、投稿者の「テキトウな」予測では10年以内にも前兆が現れると見ています。工業製品を抱えた日本は、それをいくら輸出しても「誰も食糧を売ってくれない」という、お先真っ暗な時代が見え隠れしています。

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2009年3月 4日 (水)

959 別ルート2

別ルートを発見するために、では、航空機や宇宙ステーション(航空宇宙産業)や顕微鏡(ナノテクノロジー)などの「先端技術」を使えば良いではないかという声も聞こえます。確かに、今や宇宙カメラで地上数十センチのものも識別でき、カーボンナノチューブを使えば、宇宙ステーションから地上に垂らしても自重で切れない長いながいロープが作れますが、それで人や荷物を吊り上げれば「宇宙エレベータ」が作れる、と夢物語を語る人たちもいるでしょう。

しかし、それらの技術で環境問題は何一つとして解決できないことは、少し考えれば明らかでしょう。航空機やロケットを作る莫大なコスト、それを飛ばし、打ち上げるための多量の燃料の環境負荷はひどいものでしょう。ナノテクノロジーについて言えば、目には見えないほど細かい物質が体内に入った場合や、目に見えないがちょっとやそっとでは切れない糸の危険性は、悪意で使われた場合を想像すればぞっとします。(単なる、H殺仕事人からの連想ですが・・・)

そうではなくて、私たちは地に足をつけ、等身大の目で確認しながら、別ルートを探す必要があるのです。もっとも、別ルートと言いながら全く人跡未踏の道を意味しません。それどころか、それらの道は、かつてご先祖様たちが使い、その後雑草に埋もれてしまった踏み分け道や古道である可能性が高いのです。何故なら、それらの道はご先祖様によって、十分に安全性が確認されているでしょうし、持続可能性としても全く問題がないからです。つまり投稿者が考える別ルートとは、かつて私たちの祖先が通過してきた道の再発見だと言い切ってしまいましょう。勿論、それが環境に与える影響が限りなく小さい事を確認しながらですが、必要悪としては私たちが身につけたささやかな科学技術の知識は使っても仕方がないでしょう。というのも、いま生きている世代の多くは、ご先祖様が普通に身に付けていたサバイバルの知恵や技は、とっくに捨てたか、何処かに置き忘れてしまっているからです。

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2009年3月 3日 (火)

958 別ルート

4半世紀ばかり前、投稿者は造船マンとして10年余り住んだ四国を後にして、軽自動車で名神高速道路を使って、今住んでいる岐阜に転勤して来ました。その頃の名神は、結構車間距離もゆったりしていて、投稿者の非力な軽自動車でも、トラックについて走れば邪魔にされることもありませんでした。しかし、この時代、大型トラックのコンボイが、20-30m程度の車間距離で、しかも100km/時を超えるスピードで疾走しています。目分量の感覚で言っても、確実にこの25年間では高速道路を使った輸送量が2倍を大きく超えるレベルまで拡大して来ているのです。一方、幹線の国道でも、「高い」高速道路料金を避けるトラックが流れ込んできています。たとえば、岐阜から長野に抜けるR19を夜間などに走ると、恵那山トンネルを避けるトラック軍団を目の当たりにすることができます。この道路の状況は、実はこの時代の状況を象徴的に示しているに過ぎません。高速道路や幹線国道を流れる物流を、実際に作り出してきたのは、部品を運ばせる自動車業界であり、電機業界であり、昔の贅沢な食生活を、今の普通の食生活に変えた流通業界であったわけです。これらの業界を高速道路や幹線国道に喩えるならば、いまこれらの道路は急激に濃霧に覆われ始め、走行スピードをこれまでの何割も落として走らなければならなくなってしまったと言えるでしょうか。

しかし、たとえばスピードをこれまでの半分に落とすのであれば、何も高速道路を使う必要は無いと思い直すべきでしょう。田舎の道路でも50km/時程度であれば、安全・快適に走れます。モノを運ぶことの現代的な意味は、分業を極限まで進め、コストをギリギリまで絞った事の結果に過ぎなかったはずです。

トンネルや防音壁の続く高速道路や幹線道路沿いに何かが見えてくると考えるのは、20世紀型の幻想に過ぎません。田舎のわき道にそれるか、いっそ車を捨てて野山の踏み分け道を歩いてみれば、そこから見えてくる普遍的なニーズが見えてくると思うのです。幹線道路が、濃い霧に覆われてきた今の時代こそ、わき道を歩いてみる絶好の機会だと思っています。自分の足で歩いて、細い峠道を越えれば、突然山里の良好な視界が広がってくるような気がします。

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2009年3月 2日 (月)

957 後ずさり

この表現もこのブログの中で数回は使ってきたような気がします。これまでの歴史を眺めて見ても、行き足がついてしまった社会システムへの急ブレーキと急な方向転換は、カタストロフィックな結果を招く場合も多いのです。後ずさりとは、元来た道を慎重に引き返すことを意味します。この方法だと、少なくとも自分たちが通ってきた道筋を確認することができます。そうではなくて、例えば新しい技術の開発や、新エネルギーなどと呼ばれるモノに矢鱈と手を出し、闇雲に突き進む場合、新たな害悪や問題を抱えることにもなりかねません。これを「急ハンドル症候群」または「急加速症候群」、逆のケースを「急ブレーキ症候群」とでも呼んでおきましょう。

事実、20世紀では多くの「見かけ上便利な」物質を合成・開発してきましたが、それらの多くが副作用としての公害を引き起こしてもきたのです。これは明らかに、前後の見境無く便利で新しいモノに手を出し続けた結果の「急ハンドル症候群」や「急加速症候群」の典型なのです。一方、今世の中で起こっている現象は(不景気とも呼ばれていますが)これはこれで、皆がパニック的に同時にブレーキペダルを踏んだことによる「急ブレーキ症候群」のひとつだと言えるでしょう。

必要な行動は、数歩先に待ち構えている崖や奈落を察知して、慎重に後ずさりを始めることなのです。いざなぎ超え景気の中で、何も考えずに当期利益だけを求めて前進してきたノウテンキ経営者や、行けいけドンドンと「怪しい金融工学」などを駆使して、濡れ手で泡を掴んできた亡者たちには、仕方が無いので一度奈落にでも落ちていただき、痛い目にあってもらうしかないでしょう。そうではなく、真面目に、欲をかかずに精進してきた企業には、やはりここで再度「真のニーズ」を確認していただき、その上で慎重な後ずさりを始めてもらいたいと願っています。やり直すための別の道筋については、さらに考えて見たいと思います。

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2009年3月 1日 (日)

956 リユニオン

20世紀後半は分割と拡大増殖の時代だったと言えるかもしれません。それは企業ばかりではなく、例えば家族のあり方だけを眺めても明らかです。戦後の高度成長は、それまで大家族で暮していた田舎の家族を、ほぼ完全に細分化しました。つまり核家族化です。田舎には、両親と長男家族だけが残り、それ以外の子供たちは例外なく、都会へ出て新しい家族を作りました。しかし、時代の流れはそれだけでは許してくれず、最初は長男の出稼ぎに始まりましたが、最後には長男家族までも都会に吸い取ってしまいました。最近はそれに加えて、結婚すらしない「個家族」を大量に作り続けています。たった一人の暮らしを家族と呼ぶかは疑問もありますが、いずれにしても統計上は「戸数」ではあるわけです。核家族や個家族といえども、毎日の暮らしでは複数の家電を使い、風呂を沸かしトイレを使う事は避けられないので、既に人口は減り始めているこの国でも、逆に戸数の増加には歯止めが掛からず、したがって民生のエネルギーの消費もハッキリした減少には転じていないわけです。それどころか、1990年比では大幅に増加してしまっています。

この流れにブレーキを掛けるには、家族の再合(Reunion=リユニオン)しか考えられません。長男家族でも、長女家族でも、それ以外の子供の家族でも良いので、先ずはまた両親の元へ戻って暮すことを考えることです。それによって寂れた田舎の暮らしも、ゆっくりかも知れませんがかつての方向に逆戻りを始めることでしょう。農地も、今なら取り返しのつかない荒廃から守られるはずです。一方、都会の独身者もアパートやせせこましい独身者マンションにこもって、コンビニに依存して暮すのはここらで止めにしましょう。具体的には不景気で、企業が売り払った独身寮を一般の独身者に開放して、共同生活を可能にします。フロア毎に分けて、男女混合寮にでもすれば、食堂で新たなカップル(家族)も生まれるかも知れません。これらは、かつて経済成長の嵐の中で、分断された家族の「リユニオン」のいくつかの方法だと言えるでしょう。

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