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2009年4月 3日 (金)

989 時はエネなり

このブログもそろそろ、本当のまとめに掛かるべき「時」になりました。さて、「時はカネなり」は、実は20世紀の格言でした。しかし今の時代に即して言い直せば「時はエネルギーなり」とでも表現できるでしょうか。いまの時代、先にも述べたように人々は狂ったようにスピードを上げて移動し、またモノを運んでいます。まるで、時間を短縮すれば人やモノの価値が上がる様な錯覚を抱いているとしか思えません。しかし、どんなに長い距離を移動しようが、モノは多少劣化するかもしれないし、人はやや疲れるかも知れませんが、その価値に変化はないはずです。にも拘わらず、私たちは自ら移動し、あるいはモノを運び続けます。何故なら、20世紀後半の50年をかけて連綿とそのような社会システムを作り上げた結果、もはや移動したり、モノを運んだりしなければ、一日として生活が続かなくなっているのです。車や公共交通機関を使わないで職場に通勤できる人は、たぶん全体の3割もいないでしょう。トラック便無しには、スーパーやコンビニの棚からは数日で食料が消えてしまうはずです。

結局のところ、私たちは移動や輸送に関わるインフラを作りながら、一方ではそれに完全に依存する社会システムを作ってしまったようなのです。しかも、その移動や輸送に要する時間を短縮する事に社会的な(過剰な)価値を認め、より速い移動手段に、より高い輸送コストを認めてきたのです。それは、在来線鉄道と新幹線と航空運賃を比較すれば自明です。割高ですが翌日配達時間を保証した宅配便もごく普通に使われるようにもなりました。しかし、私たちは輸送コストには敏感ですが、輸送に関わるエネルギーには全く鈍感なようです。鉄道便がトラック便に比べて1/10のエネルギーしか使わないことを知れば、例え配達に4-5日かかってもやはり鉄道便を選ぶべきなのでしょう。

言葉を代えて言うならば、時間の掛かる行動は、ほぼ全て省エネルギーになっていると断言しても良いと思うのです。社会的にどうしても省エネルギーを推進したいのであれば、その「人質としては時間を差し出す」しかないのです。

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