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2009年4月 6日 (月)

992 まとめ3(価値観)

いまの時代は間違いなく、モノやお金にその価値のほとんど(投稿者の感覚では98%)が置かれています。モノがあれば、あるいはそのモノが自由に買えるお金さえあれば、人々は満たされたような「錯覚の幸福感」にとらわれ、それをひたすら求め続けているように見えます。それが見えるようになったのは、投稿者が、まだ十分とは言えないものの、意識的にモノやお金から遠ざかることを選択してからの様な気がしています。モノやお金のもう一つの側面は、その追求に限りがないことです。一度モノやお金を手にした人々は、より華美で高価なモノ(最終的にはステータスシンボルと呼ばれるモノたち)を手にするまで追及を止めないでしょうし、小金を手にした人は、短期間により高い利殖が得られる投資先にそれを預けて、1円でもお金が増えるように知恵を回すでしょう。大金をすでに握っている人々(例えばハゲタカファンドと呼ばれる利益集団)は、さらに狡猾に立ち回り、それを使って企業や市場を激しく揺さぶり、そこからこぼれ落ちた利益を貪るでしょう。それは「お金を儲けることがそんなに悪いことですか」とうそぶきながらの、まさにハゲタカ行動です。しかしそれでも満たされることのないモノ・金の追及は、終わりがなく空虚な「無限地獄」だと言えるでしょう。

一方、ココロの満足感はまったく次元が異なります。最低限の衣食住が確保できれば、そのこと自体に感謝し、人と人の結びつきにより強い価値を置き、他人のために汗をかくことを快く感ずる、穏やかで感謝に満ちた生活だと言えます。不足するモノは、工夫やお互いの融通で乗り切り、余ったものは知恵を使って保存し、来るべき不足に備えます。ここまで書くと、何の事はなく、これは投稿者が子供時代を過ごした地方都市で、あるいは現代ではお年寄りしか残ってない山里でしか見られなくなってしまった「田舎の日常生活」そのものだと気付きます。結局、人々はモノやお金を求めて都会へ流れ込んで物欲や金銭欲を満足させ、一方田舎に残った人々は穏やかなココロの満足感を得た、と対比できるでしょうか。

言わずもがなですが、どちらの暮らしが環境にやさしく、かつ持続可能であるかは明白です。そうであれば、私たちが今後持つべき価値観がどちらの方向に向かうべきかについては考えるまでもありません。必要な事は、その方向にたとえ一歩でも踏み出すことなのです。

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