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2009年4月10日 (金)

996 まとめ7(開発=自然破壊)

カンボジアには、多くの仏教遺跡があり、環境坊主としても一度は訪問したいと思っていた国の一つですが、今となっては実際に行くことはなさそうです。というより、物見遊山であれば行くべきではないとも思うのです。それは、観光目的でアンコールなどの遺跡の周りは道路やホテルなどの観光施設が増えてすっかり開発が進み、森林もまばらになっているとの報道に接したからです。それらの施設から処理されずに垂れ流される汚水やゴミで、周囲の環境も極度に悪化しているようなのです。かつてこの国の国土の90%は森林で覆われていたのですが、それが今ではたった30%までに激減しているとか。ベトナム戦争の時に、ゲリラの潜むジャングルの焼き払いが行われ、戦後も農業開発や観光開発により、緑したたる熱帯林が土色の国土に変貌してしまったのです。それはまさに開発という名の自然破壊に他なりません。

同じ事は、日本でも高度成長期の大規模宅地開発と称する「里山の破壊」という形で進行しました。同時に、干潟はゴミの島としてドンドン埋め立てられ、都市近郊の海岸は、ほぼ100%コンクリートの護岸で覆われることになったのです。同じように、多くの川の上流には貯水ダムや砂防ダムが建設されて海岸には砂が供給されなくなり、下流の川の両岸は水害防止の御旗のもとに真っすぐに削られてコンクリートで覆われてきました。これらの開発は、間違いなくそのまま自然破壊と呼ぶべき行為に他なりません。何故なら、これらの開発によって自然のサイクルへの「不可逆的な変容」が起こってしまったからです。

「不可逆的な変容」とは、後戻りしようにも最早引き返すことができない状態を意味します。英語ではPoint of no-return.などと表現されますが、実は私たちはこのポイントをだいぶ前に通過してしまった可能性が高いのです。すでに作ってしまった、900兆円にも上るインフラを維持する事さえ難しいのに、今以上の道路建設や農地の宅地化や里山の破壊は必要ない、と知るべきでしょう。この国では、分配の仕方がかなり不味いだけで、モノやインフラの量は十分過ぎるほど足りているのですから。

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