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2009年8月28日 (金)

1018 先送り

森羅万象のシステムには、自動制御の仕組みが組み込まれているはずです。そうでなければ、システムはカオスの海に浮かぶ出鱈目なものになるからです。人間社会も、たぶん同様でしょう。しかし完全に計画され、常時モニターされコントロールされている様なシステムでもない限り、システムは、異常な現象が現れ始めてからそれを修正する力が働き始めることになります。例えば、車の運転で言えば、ドライバーはアクセルを踏んで加速しますが、下り坂で80km/時になった時、スピードの出し過ぎに気づき、スピードをやや緩める操作を始めるはずです。この「やや行き過ぎ」をシステムのオーバーシュートと呼びますが、自然現象を含む全てのシステムでは必ず起きる現象です。もちろん、現代の科学技術を使えば、現象の変動を「先読み」して、予め修正を加えることも可能でしょう。しかし、制御の幅は変動を検知するセンサーの精度やシステムの応答速度に大きく依存するので、結局何らかの形のオーバーシュートは避けられないことになります。

さて、環境問題にこれを当てはめた場合どうなるのでしょうか。例えば私たちは、空気中の炭酸ガス濃度の急上昇に気が付き、その影響と考えられる温暖化現象を認識するようになりました。しかしながら、極端に肥大化した社会システムの「慣性」は、ブレーキをかけ始めてから実際に減速が始まるまで、少なくとも数十年単位の努力が必要な事を示唆しています。例えば車のスピードを明確に緩めるためには、単にアクセルを緩めるだけ(例えば省エネ行動など)では不十分で、やや強めにブレーキを踏む(例えば脱エネ行動など)を進める必要があるからです。

エコ商品や省エネ家電、あるいはエコカー減税程度の小手先の対策では、焼け石に数滴の水でしかない事は、このブログでも指先が痛くなるほど書きこんできました。しかし、現実に世の中で(ここ何日間かは選挙カーで)叫ばれているのは相変わらず20世紀型の「景気対策」でしかありません。有限であるこの惑星で、永久的な右肩上がりの成長など不可能であることは、小学生程度の理窟でも理解可能でしょう。それが、日本の大人たちには全く理解できていない様に見えます。いま無理に景気を浮揚させることは、間違いなくその何倍もの悪影響(ツケ)を将来に先送ることになるでしょう。

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2009年8月26日 (水)

1017 後戻り

環境問題の緩和には、時代の後戻りしかない事はほぼ確かです。山で道に迷った時にすべき行動は、決して闇雲な前進ではなく、見覚えのある場所まで戻ることです。私たちが道に迷ったのは、たぶん高度成長期か、あるいはその後のバブル期だと想像しています。1970年代、私たちは現在に比べて半分ほどのモノやエネルギーで暮らしていました。しかし、まったく皮肉なことですが、今ほどの飢餓感や閉塞感は感じてはいなかったはずです。

それは何故なのか。たぶんその時代私たちは、やや不足とはいえ、程々のモノやエネルギーと、あふれる程の夢・希望の両方を手にしていたからだと思っています。夢や希望の喪失は、ヒトを病気にさえ陥れます。一方で、夢や希望は、多少のひもじささえも消してくれるでしょう。投稿者は、夢や希望を取り戻しながらの後戻り、あるいは山下りという言葉で、繰り返しこのブログで書いてきました。それは、今や確信にさえなってきています。大切なのは、モノやエネルギーを必要とする夢や希望は、できるだけ抑制すべきで、多くは精神的なものに向かうべきだと言うことです。モノに向かう夢や希望は、今の状況を悪化させるだけですから。

そうではなくて、最大限の夢や希望は、私たちの直接の子孫さらにはまだ見ぬ世代へ贈る努力こそが重要だと思っています。実際、私たちの祖先は、子孫のために田畑を起し、山に木を植えて灌漑容易にし、水害を防止してきたではありませんか。私たちの世代だけが、子孫に空っぽになった石油井戸や、ゴミの山を、あるいは大気中の増え過ぎたGHGを残してはならないでしょう。

ではどこまで戻れば良いかですが、投稿者はとりあえず1970年代程度の資源・エネルギー消費レベルまでの回帰が必要だと考えています。車は一家に1台で十分でしょう。都会では、駐車スペースの無駄を考えれば、無しで済ますべきでしょう。臨時的な車の利用には、レンタカーやカーシェアリングで対応可能でしょう。月数回の車利用であればタクシーの方が絶対に安上がりなはずです。殆どの場合は電車・バス・自転車・徒歩で間に合うのです。自家用車を使う場合に比べれば、家を出る時間を30分早める必要があるだけです。投稿者は、サラリーマン時代を通じ、概ね10km弱の通勤距離を、雨の日も雪の日も自転車通勤で通しました。家から会社までたった30分弱で着きましたので、近所の同僚の車族とそれほど変わらない通勤時間となっていました。何しろ投稿者は「環境坊主」を自認していますので、何やら説教臭い内容が続いています。

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2009年8月24日 (月)

1016 結局は生き方

このブログの初期に色々考えて書いたことを振り返っても、環境問題とは結局私たち自身の生き方の問題に還元できると結論しても良さそうです。その想いは投稿者の中でもますます強まってきています。産業革命以降、とりわけ戦後日本を含む工業力のある国々では、ひたすら工業化による物質的豊かさを追求してきたはずです。その結果、ある意味では原料輸出国であり、工業製品の購入国であるいわゆる後進国の犠牲の上に立って、日本などの工業国の豊かさが実現されました。

しかしながら、この豊かさは石油を含む「化石燃料」を含む「地下資源」の上に建てられた「砂の楼閣」に過ぎなかったことが、近年明確になってきたと言えます。砂の楼閣とは、やがて崩れ去って跡形もなくなる運命の象徴を意味します。言葉を変えれば、つまりは持続可能なものではないということでもあります。ではどうすれば良いかですが、先ずは山を少し下ってみることが必要だと思っています。高い山ほど頂上付近は岩だらけで、植物もごく限られた数種類しか見つかりません。これを現代の社会に敷衍すれば、大量の化石燃料と地下資源というハードな「岩」と、限られた科学技術や工業技術(いわゆる先端技術)という「高山植物」しか目につかない状況と重なります。

しかし、高い山を徐々に下って、森林限界より低い標高に至れば、そこでは多様な植物相と動物相が観察できます。同じく、これを私たちの社会に敷衍すれば「主として今の太陽エネルギー起源の原料を用いる多様な技術」と「必要で最小限の環境負荷での多様な生き方」を許す構造を想起できるでしょう。このブログを読み進んでこられた方々に、環境問題の解決(それができなければ急激な緩和)は、結局は技術の問題ではなく、全く私たち人類の生き方の問題であることが、なんとなくでも理解していただければ幸甚です。

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2009年8月17日 (月)

1015 山の楽しさ

お盆休みは短いなりに中身の濃い登山を楽しみました。今回は、剱・立山でした。文明の利器を使えば、トロリーバス・ケーブルカー・ロープウェー・トロリーバスと乗り継いで、扇沢から2時間ほどで2500mの標高に立てます。それにしても、立山黒部アルペンルートの元となった関電トンネルや黒4ダムには、高度成長期の日本のパワーを感じました。今の日本社会にこれほどの前進力があるかと考えこんでしまいます。裕次郎の映画を見るまでもなく、数十メートルにも及ぶ破砕帯の突破にどれほどのマンパワーと人的犠牲が伴ったかは、実際にそのトンネルを抜けてみれば、ひしひしと実感できます。いまは、その深い山懐にある室堂にも、トンネルを使えば、カメラを片手に、ハイヒールやスニーカーで気軽に立ち入れる時代なのです。

さて、お盆休みの観光客に揉まれながら、乗物を乗り継いで室堂に立てば、やっと今日から夏が来たと思わせるような好天気です。雲はほとんどなく、空気も乾燥しています。もしかすると、これは今年初めての秋の空気なのかも知れないとも感じました。剱岳への壁となっている別山を乗り越えれば、登山者だけになり観光客は居なくなります。あまりの好天気なので、予定を早めてその日のうちに一気に剱岳まで足を伸ばしました。聞きしに勝る鎖場だらけの難所をいくつか越えて、頂上に立ったのは室堂から歩き始めて6時間後の1600頃でしたが、下界に見える雲海以外は雲ひとつない日本晴れで、360度のパノラマを存分に楽しみました。しかし、ラジオのニュースでは、午前中に同じ剱岳の岩場で、ロッククライミング中の若者が転落事故を起こして亡くなった事を伝えていて、複雑な気持ちでした。先々週にも投稿者が登った同じルートの滑落事故で中年女性が一人亡くなったはずです。その意味で、剱岳は手一本で体重を支える事さえできない人が登るべき山の一つである事は間違いないでしょう。

それはさておき、剱沢のキャンプ場では満点の星を楽しみ、翌日は立山(富士ノ折立、大汝山、雄山)を巡って室堂に下りましたが、山の楽しみの90%は、やはり良い天気と頂からの絶景にあるとしみじみ思いました。先々週の唐松岳から鑓ガ岳の山行では、雨にたたられショボショボ歩いていましたが、今回は黒部川を隔てた向かいの山で、絶好の天気を満喫しました。同じ山でもやはり数回登らないと、今回のような幸運には巡り会えないのかも知れません。かつて登った黒岳(水晶岳)も、空気中の湿気が少なく霞が掛かっていないこんな日には本当に黒く見えました。

今回で、北アルプスの主要なピークは殆ど登ったような気になっていましたが。見える限りの峰々を眺めるにつけ、今回感じたのは、日本の山々は何と奥深いのかという感慨です。死ぬまでには、少なくとも100名山程度は登っておきたいのですが、それにしても日本の山々の数に比べればホンの一部です。人間の力の何と非力なことでしょう。

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2009年8月10日 (月)

1014 山の怖さ

先日、北海道の山で多くの人が亡くなる事故がありました。まさしく中高年の入り口に立って単独登山を楽しむ投稿者としても他人ごとではありません。実際、数年前の山行では死にそうな目にも遭いました。雨まじりのガスに煙る五竜岳の尾根筋を歩いている時のことでした。漫然と歩いていて木の根に躓いて、全く望まない「でんぐり返し」をしてしまいました。両手には傘とポールを持っていましたが、とっさに右手の傘を手放して目についた灌木の根を掴んだので、「クリフハンガー状態」とはなりましたが、どうにか事なきを得ました。しかし、這い上がってみると崖は70度以上の急なもので、滑落していたらたぶん50mは落下していたはずです。下を覗いてぞっとはしましたが、ともかく何処にもケガはなく、傘一本が身代わりとなって谷へ落ちてくれただけで終わったのでした。

先週は唐松岳から登り、「不帰嶮」を超えて鑓ガ岳まで歩きました。不帰嶮と名付けられただけあって、たぶん過去に多くの人の命を奪ったであろう事が十分想像できる厳しさでした。しかし、慎重にさえ行動し、普通の体力さえ持っていれば、どうにか行動できる場所だともいえます。戒めるべきは、自己過信でしょうか。大自然の前で、謙虚に自分の能力を知れば、山での遭難などはめったに起こる事ではないとも思います。とは言いながら、数年前に尾根で雷様に追いかけられた事を思い出すと、「運の悪さ」が時には、楽しい山行を悲劇に変える事もあるかも知れません。

確かに山は、最も身近にあって、人間が美しい自然に向き合える場所でもでもありますが、時と場所が違えば荒々しいまでの自然と向き合わなければならない場所でもあります。3000m級の山では、真夏でも夜間は10℃以下まで下がりますし、雨や風が加われば、体感温度はマイナスにまでなるはずです。その意味では、夏山での怖さは、雨・強風・雷様だけなのです。天気さえ読めない人は、低い山の山歩きだけにとどめておくべきでしょう。

さて何故山に登るか?という根源的な問がありますが、それは「小さな達成感を得るため」と言っておきましょう。ヒトは、達成感を糧にできる数少ない(あるいは唯一)の存在だからです。そうでなければ、過去の数多くの冒険者たちの(見返りの無い)挑戦を説明する事などできないからです。

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