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2009年9月23日 (水)

1027 アラル海

1026で強調した水(淡水)の重要性をはっきり目撃できる場所があります。アラル「海」です。元々は、四国程の面積を持った豊かな(海のように大きな)湖であったアラル海は、農業用水としての利用やチョウザメなど豊かな漁場としての恵みを与えていました。しかし、人間の愚行は、そこに流れ込む二つの河、アムダリア河、シルダリア河の水を農業用に大量に横取りし、上流地域の乾燥地帯で、水をより多く消費する作物、たとえば綿花などの商品作物を大量に栽培し始めました。その結果、湖の水位はどんどん下がり始め、半乾燥地帯ゆえに、残った水の濃縮も起こり、今では面積は1/3に、塩分濃度は中東の「死海」にも相当する濃さまで高くなり、元々の湖底には真っ白な塩が厚く堆積している状態です。川から流れ込む水が本当に有効利用されているのであれば。まだ救われますが、実際には工事の楽な素掘りの農業用水路からは半分ほどの水が地下に吸い込まれ、無駄に消費されています。

私たちは、人間の愚行の典型的な見本として、この湖の事を銘記しなければならないでしょうし、淡水の収奪という意味では似たような事が起こり始めている、アメリカ中西部や中国(とりわけ黄河流域)にも注目していかなければならないでしょう。重要な事は、多くの地域で農業が金儲けのために利用され、換金作物が栽培され続けているという事実です。人々の分業がトコトン進められた結果、ほとんど全てのモノの交換が通貨を介して行われるようになった現在、食糧でさえ商品として安易に扱われています。誰が、ガソリン1リットルとペットボトル入り500mlの水と米1合が同じ値段だと決めたのでしょうか。人間の生命の維持のための価値という意味で言えば、順序は当然水>米>ガソリンの順番になる事は小学生でも理解できるはずです。

石油がまだ残っているうちに、水を上手く回す仕掛けを準備しておかなくてはならないでしょう。もしそれを怠ると、私たちはかつての様にモッコを担いで、汗水たらして人力で土木工事を行わなければならなくなるのです。

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