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2009年10月 6日 (火)

1032 環境を体感する

環境とは一体何かを繰り返し考えます。環境とは、私たちを取り囲むものすべて(森羅万象)ですから、その範囲は、体の中のミクロ環境(例えば腸内環境)から無限大の宇宙空間まで広がっていますし、その見方も単純な無機の環境から生命がうごめく有機の環境まで、気が遠くなるくらいのアスペクトを持っています。

とは言いながら、その環境から命を授かった生き物としての存在である人間ができる事は限られています。それは、不十分ではありますが自分の五感を使って感じ、それを脳細胞で「解釈」するしかないのです。その意味で、たとえば「温暖化」を五感で感じることができるかどうかですが、難しいものの辛うじて可能だと言えるでしょう。難しさは、人間は時間を正確に「体感」する事が下手な事から生じます。下手だからこそ、「時計」などという道具を発明し、日に何度も「それ」に時間を教えて貰う不便に甘んじているわけです。「自然」にとっては、時間を意識すること自体不要なことでしょう。例えば、岩石など無機の自然には何億年単位の時間しかありませんから、ほぼ時間を気にする必要は「感じていない」でしょう。一方、人間以外の生き物は、環境との相互作用の中で、瞬間しゅんかんを生きているだけでしょうから、やはり時間には無縁です。自然の時間は、この星の上では地球の自転や公転で自動的に刻まれるだけです。

しかし、不十分なレベルであれば自然を体感するのは結構簡単です。できるだけ無防備で、自分の体を自然の中にさらけ出すだけで十分です。暑い夏は「オロオロ」と暑さに打ちのめされ、寒い冬は「ガタカタ」と体を震わせて身を縮めて過ごせばよいのです。どこかへ移動する時は、可能な限り歩くかまたは自転車を漕いで、道中の景色や臭いや移動した距離を「感じれば」良いのです。さら確実に環境を体感するためには、自分で育てた作物を口にし、仕方なく命を奪って自分の体の一部なってもらった動物たちに感謝する事になります。しかし、実際にそれを行う事態になった事を想像すると、たぶん自分には魚くらいしか、「生きていた動物」を食する勇気が出ないようにも思います。そのかわいい眼を見てしまうと、とてもとても牛や豚をサバいたり口にしたりする事などは出来ないと想像してしまいますので・・・。

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