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2009年10月12日 (月)

1034 20世紀の遺物

時々体力測定を兼ねて近くの伊吹山に登ります。11日もそんな日でした。たかだか1400m弱の山と言っても、1合目から歩くと1000m以上の標高を足で稼がなければならないので、そんなにバカにはできません。投稿者のベストタイムは1.5時間ほどですが、当然の事ながら最近は年々タイムが落ちています。今回は2.0時間丁度でした。天気にも恵まれ、見晴らしもなかなか良好で、東の濃尾平野はもちろん、西の琵琶湖や比叡山系、遠くは御岳山辺りまでしっかり見えました。すでに10回以上登っているこの山でも、こんなに見通しが良かったのは過去数回程度だったと思います。

さて、伊吹山はその殆どが石灰岩でできている様です。様です、というのは麓に工場を持つOセメントが長年この山を切り崩してセメントを作ってきた事でも分かります。この山の西側は、不自然に平面に切り取られています。それを、長いベルトコンベアで麓のセメント工場に運び、セメントに加工していたのです。「していた」というのは、最近ついにこの工場は完全に閉鎖されてしまったのです。工場は建物や設備は殆どが撤去されていますが、壊すのに骨の折れる「コンクリート」の設備基礎や、ドーンとそびえている巨大な煙突はまだ残されたままです。巨大なキルン(回転炉)の残骸もまだ解体できずに残されています。これをしみじみ眺めると、高度成長期であった「20世紀後半という一つの時代」の遺跡か墓場のように思えてきました。

実は、これとそっくりな光景を2001年にドイツのルール地方で見たことがあります。ルール地方は、豊富な石炭を利用した製鉄業や石炭化学工業のメッカでした。しかし、優良な炭鉱が掘りつくされて資源が枯渇したこの地方には、やはり製鉄所の残骸や重化学コンビナートの複雑な設備の残骸が残されていました。これも、ドイツにおける高度成長期の遺物に違いありません。

これらの景色を見るにつけ、高度成長を追求してきた、(特に戦後の)20世紀という一つの時代はほぼ完全に終わったとの確信が湧いてきます。今後、中国やインドがどのようにあがいても、それは線香花火の最後のきらめきに過ぎないのだと断言できます。非常に近い将来に、地下資源の枯渇と環境の悪化が、彼らの暴走に強いブレーキを掛ける事が明らかだからです。セメント工場の残骸から、改めて地球の限界を考えた日でした。

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