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2009年10月13日 (火)

1035 列島改造の痕跡

1034の続きです。日本の地下資源で例外的に恵まれていたのは、黒鉱(銅や金を含有する優良な鉱石)と石炭と石灰岩などでした。とは言いながら前二者は残念ながらすでにほとんど枯渇してしまいました。しかしセメントは、いまだに自給が可能な数少ない資源の一つです。大手のOセメントやUセメントやTセメントに代表される企業で作られた大量のセメントは、昭和50年代にT首相の提唱した「列島改造計画」のうねりに乗って、港湾や道路やダムの建設に注ぎ込まれていったのでした。一方で、セメント1トンの製造には、CO2700kg以上発生することを考えなくてはなりません。その運搬や、打設に関わるエネルギーも勘定に入れれば、優に1000kgを超えるはずです。つまり、セメント産業やそれを大量に消費する建設業は、CO2の増加に多大な(負の)貢献をしてきた事になります。

さて、伊吹山から下界を眺めおろすと、南東には名古屋駅周辺の高層ビル街が見え、眼下には名神高速道路や新幹線や東海道線といくつかの道路が見えます。琵琶湖周辺にもたくさんのビルや街並みが見えます。200kmを超える速度で走る新幹線でさえ、1000m下に見下ろすとゆっくり、のんびり走っている様に見えます。名神高速の車は、肉眼では個々に確認する事はできませんが、窓ガラスがキラキラ光るので、引きも切らずに走っている事が分かります。しかし、一方ではこの数十年かけて列島を改造してきた結果は、交通路が集中する関ヶ原でさえ精々この程度だと言っても良いかも知れません。つまり、しっかり頑張ったつもりの列島改造工事でも、日本の豊かな自然をほんの少しだけかき回した程度ではないか、とも思うのです。その改造の結果として、やや便利になった交通網整備と平均気温を少し上げる事は出来たものの、100年も経って石油が枯渇すれば、これら多くのインフラも朽ち果て、やがては雑草や灌木に覆われることになるでしょう。

その一方で、どんなに科学技術の時代になっても、やはり食べ物を植物に作って貰うことに変わりはありません。少量の葉物野菜を除けば、工場で食糧そのものをつくる事には成功していない訳です。その例外でさえ、畑の代わりに工場の苗床に植物の種をまく事に変わりはないのです。その意味で、いまの科学技術のバックボーンである石油が無くなったとしても、やはり100年後も人間が自然環境に依存して暮らしているだろうことは間違いありません。

伊吹山の頂上で、1時間ほどおにぎりを頬張りながらぼんやり下界を眺めていて、こんなことを考えていました。

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