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2009年11月29日 (日)

1059 田舎留学

コンクリートから人へのシフトは新政権のカンバンの一つです。しかし、その実現への具体策は殆ど見えていません。投稿者としては、このカンバンには、副題としてはっきりと「田舎への回帰」という言葉を使うべきだと思っています。コンクリートは言わずもがなですが、人工の構造物やインフラの代名詞です。ビルやダムや橋や高速道路、新幹線の高架や港湾などが思い浮かびます。見えないところでも、暗渠や下水施設や地下鉄にもコンクリートが大量に使われている事でしょう。それらが何故必要とされたかを考えて見れば自明ですが、高度成長期の人口の都市集中こそがそれらの建設の原動力となっていたはずです。大量に流入した人口を支えるために、必要に迫られてこれらのインフラが整備され続けてきたと言えるのです。

さて、そのコンクリートを止めて、人に向き直るという事は、最早これらのインフラを増やさないとの宣言でもあります。その象徴として、都市での水需要への対応(それを水害対策と言い直すかどうかは別にして)を掲げたダム建設の中止や高速道路の車線を増やす予算などが削られています。その方向はそれなりに正しいとして、人へのシフトとして大切な税金を、子育て支援と称して現金支給の形でばらまく事はどうしても腹に入りません。

そうではなくて、「子供を都会で育てる」事に、すっかりやせ細った税金を使うのではなく、例えば、都会の子供に1年間の山村や農村や漁村への留学を義務つけるなどの制度を作ってみれば良いのです。最初は希望者だけの募集でも良いでしょう。多感な中学生位の子供たちが、田舎に残った年配の人たちやお年寄とふれあい、農作業体験や山海の恵みに感謝する生活を体験する事は、何にも代えがたい体験となるはずです。多分コンクリートに囲まれて、人に向き合うしかない都会の暮らしが、いじめや訳の分からない殺人事件の背景にありそうな気がしますが、田舎で自然に囲まれてそれら向き合えば、毎日が物珍しくて、嬉しくて、忙しくていじめどころではなくなると想像しています。里親を務める田舎の人たちには生きがいと、少しの現金収入が入るでしょうし、留学に出した家族と田舎の里親とのその後の長い付き合いも期待できます。何より、子供たちが里山や田畑や海の環境保全の重要性を、身をもって体験する事は、都会では何十時間使っても絶対に学習できない事柄なのです。田舎暮らしがすっかり気に入った子供が、両親を説得して田舎暮らしを始めるケースも増える事でしょう。田畑や山の維持作業には、いくらでも人手が必要なはずなのです。

新しい政権には、人に対するお金の使い方をもっともっと勉強し、議論してもらいたいものです。

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2009年11月27日 (金)

1058 持続可能性

何度でも書きますが、今後の社会としての価値判断基準は、まず「持続可能性」でなければならないでしょう。しかも、想定しなければならない持続可能期間とは、今の世代だけではなく少なくとも今後の数世代に亘るものである必要があります。持続可能ではない、どのような価値観も「悪である」というしかないのです。とは言いながら、いかなる自然現象も後戻りのできない変化からは逃れられません。険しい高山も風化して、やがてはなだらかな台地になっていきます。それは、エントロピー(無秩序状態)は一方的に増大するしかない、という熱力学の法則に逆らえないからです。従って、自然に増えるエントロピーに加え、人為的増大があります。秩序の代表としての工業製品やエネルギーを消費し続ける限りにおいては、その増大速度は加速的に大きくならざるを得ないのです。

さて、今の世代にとって理想的な判断基準で、理想的な政策が取られたと仮定しましょう。しかし、その政策は長い目で見ると、将来世代に「ツケを回す」ものだった場合、政府は「悪政」を行っている事になります。今政権の打ち出しているいくつかの主な政策は、この持続可能性に照らしてどうなのでしょうか。チェックは比較的簡単です。その政策が10年続いたと想像してみて、相変わらずその政策を続行する事が可能であると多くの人々が納得できるなら、それは「比較的持続可能な政策」だと言えるでしょう。しかし、それが100年先も持続できなければ、やはり悪い政策に位置づけなければならないのです。

政治主導や石油暫定税率廃止や高速道路の無料化や子育て支援などは果たして、このチェックに耐えられるでしょうか。やはり、この政権にも長期的視点が欠けているとしか見えないのは投稿者だけではなさそうです。それも、いたしかたないと言えるでしょう。何しろ、多くの政治家は、自分の当面の任期である数年間の活動とその後の改選時の支持率程度しか頭に無いでしょうから、「国家百年の計」など考えたり、論じたりする時間とて持っていないわけです。仕方がないので、以下にいくつかの新政権への提案を挙げてみる事にします。

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2009年11月25日 (水)

1057 あったかマウス

暖房設備の無い投稿者の事務所では、これからは、ひたすら厚着をして寒さに耐える季節に入ります。冷え込んだ日の朝には、室温も数℃まで下がります。尻や足の冷えには、小さな電気座布団で対策をしていますが、手袋をしてキーボードを打つわけにもいかず、仕方なく手はアルミボトルに入れたお湯で温めていました。しかし、保温袋に入れておいても2時間もすれば冷たくなるので、暖め直しが面倒です。そこで、触っている時間が長いマウス自体が暖かければ良い事に気が付きました。さんざん探しましたが、さすがにそんなニーズは無いのか、どこの電気店やパソコンショップにもそんなマウスは売っていませんでした。

仕方がないので、自作してみることにしました。最初は古いマウスの中に豆電球を入れてみましたが、電球の熱でプラスチックが溶けてしまって大失敗でした。そこで、5300円のLED電球を買ってきて、パソコンの電圧(約5V)で直接点灯させてみると、まずいことに温度が上がり過ぎました。しかたがなく直列に入れる抵抗の値を加減しながら適当な温度になるように工夫してみました。マウスの中の空いたスペースに、ほのかに暖かいLED電球を5個組み込んだ特製マウスは、今のところは快調に手を温めてくれています。来年の夏には小さな「ペルチェ素子」でも入れて、今度はひんやりマウスも作ってみる事にしましょう。でもマウスを2個も買って使うのもあまり楽しくはないので、どなたかスイッチの切り替えで夏冬使える「あったか・ひんやりマウス」を、是非製品化してください。必ず1個は買いますので・・・。

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2009年11月23日 (月)

1056 大きい事は・・・再び

思い返せば1970年代のキーワードの一つは「大きい事は良い事だ」でした。チョコレートのCMから出たこのフレーズは、高度成長期のキーワードともなったわけです。この時代すべてが大型化しました。ジャンボジェット機、レール幅の広い新幹線、大型タンカー、大型乗用車、果ては家庭の冷蔵庫に至るまで急激にすべてが大きくなりました。モノのサイズばかりでなく、人々がこぞって都会に出た結果、郊外団地や大学や行政やあらゆる都市構造そのものが膨張したのでした。しかし、この傾向には1980年代末頃に一旦ブレーキが掛ったものだと何となく投稿者は感じていました。

ところで、昨今の信用収縮の一方で、昨今企業合併による企業サイズの拡大傾向は加速されているようです。大規模小売業界、食品・ビール業界は言うに及ばず、金融・保険業界、各種の製造業、交通運輸業界に至るまで、流れが止まりません。投稿者には金という魔物が、グローバル経済という舞台上で、さながらブラックホールの如く企業群をのみ込んでいるようも見えます。それは、「大きい事は良いことだ・再び」という動きでもあります。それで何が悪いかですが、投稿者には非常に危うく見えてしまいます。

よく引き合いに出す例ですが、品種改良が進んで、味も収量も文句なくすぐれた米や小麦の品種ができたとします。農家はこぞって、この品種を作付し数年は収益も上がって、喜ぶかもしれません。しかし、もしこの品種にある種の病気や害虫に対して決定的な弱点があり、数年後にこの病気と害虫が同時に現れたと仮定すれば、起こる事態は明らかです。農家の収量が減るだけでは済まず、消費者は食糧入手にも事欠くようになるはずです。

その意味で、企業合併にも同様の危うさを感じてしまいます。現在の(前世紀の延長線上の)価値観で成り立っている社会基盤の中で、たった今は巨大な企業サイズが機能するとしても、肥大化し小回りの利かなくなった巨象が、方向転換が効かないで、ばったり倒れてしまう光景を想像しないではいられません。

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2009年11月21日 (土)

1055 ではどうすれば

では、いわゆる公共事業を含む社会の青写真は、今後どのようにあるべきなのでしょうか。必要な作業は、30-50年(計画を立てた人間がどうにかそれを見届けることができる期間)の長期的視点による、あるべき社会のグランドデザインのプロットでしょう。

国を支える産業構造は、交通システムは、エネルギーや食糧確保は、人口ピラミッドは、経済システムは、あるいは人口の産業構成比は、いったいどうあるべきか、叡智をかき集めて描いてみることです。今の政府や官僚の視点はと言えば、せいぜい長くて5年を中期見通しと呼んでいます。それは、5年から先は「どうせ予測ができないので計画しても意味がない」という単純な理由に基づいています。そうではなく、計画する側が青写真を描く訳ですから、たとえ50年先、100年先でもあるべき姿を示す事は可能なはずなのです。そんな先の話が、現在の延長線上にあるはずもありません。あるべき姿なのですから、今の社会が持つ矛盾やトラブルを回避するか、十分に低く抑えこむ事も可能です。目標が定まれば、次に踏み出す一歩(例えば次年度の予算)の方向も正確になります。未来は予測するのではなく、あるべき姿をデザインしてみる必要があるのです。もちろん、そのデザインには私達の欲望を盛り込むのではなく、将来世代にも気を配る、ささやかでかつ必要最小限のニーズしか入れるべきではありません。

いきなり具体案を持ち出しますが、例えば2050年のごく普通の家庭生活を描いたビデオ(最近はDVDですか)を作ってみるのも良い方法かも知れません。家族が朝起きてから、夜寝るまでの何の変哲もない一日の生活を描くのです。ただし、その生活は、例えば使用するエネルギーは今の半分、食糧も自給可能な食材が中心の献立とし、通勤や通学(このような行動自体減るのかも知れませんが)の手段や買い物の様子も、利用可能な資源が賄える範囲内で忠実に再現します。その家庭は、たぶん3世代が同居するものになっているはずですが・・・。

人間の脳の場合、目から入った情報は殆ど100%信ずる「癖」がありますから、この映像は、今の物欲にボケてしまった私達にはかなりショッキングな刺激を与えるはずです。想像するに、この映像は、今の基準からすればかなり「禁欲的」なものに映るはずですが、何度も書くように、それは1970年代にすでに私達が経験してきた生活とそんなに変わるものではないのです。あの時代、モノは輸出に回すのに忙しかったので贅沢品は少ない一方、日用品は不自由なく出回っていたはずです。エネルギーは、二度のオイルショックがありましたので、結構始末して使っていました。家庭の車庫には、ピカピカに磨かれた1000ccか1500ccの乗用車が1台デーンと駐車しましたが、それは休日のドライブ用で、日々の通勤は自転車か電車・バスだったはずです。そんな時代にも似ている未来の生活を、政府が作る「グランドデザイン会議」が監修して、家庭編と社会編などに分けて何本か製作するだけで、ほとんどお金も使わないで、将来の社会の姿を国民に示すことが可能となります。数十秒のバージョンも作り、繰り返しスポットCFを流せば、さらに効果が期待できます。

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2009年11月19日 (木)

1054 借金の世紀

このブログでは、20世紀、とりわけ投稿者の生きてきた後半の文明を振り返り、勝手に反省してきました。さて経済の面からみると、前の世紀の後半は「借金の半世紀」とも言えるかも知れません。つまり、昭和40年代から、この国は「後戻りの無い借金生活」に入ったからです。サラ金ではありませんが、一度借金生活に入ると、そこから抜け出すのは容易ではありません。増してや、その借入額が収入を大きく超えるようになると、利払い額が大きくなり、雪だるま状態まで一気に進みます。歴代の政治家や官僚に、これほどまでに借金を重ねた理由を尋ねても、たった一つのパターンの答えしか出てこないでしょう。つまり、「景気を刺激して歳入を増やし、過去の債務を返済するために、やむを得ず財政を出動させた」という答弁です。

借金大国日本の問題の根は、しかし単純です。それは第一には「単年度予算」制度に他なりません。借金をして財政を投じても、年度末が迫ってきて予算が余っていることがわかったら、「優秀な官僚や賢い行政」は、それを年度末までにキッチリ使い切る事に全精力を傾けます。期末の道路工事などは市民が目にできる「予算消化」の典型でしょう。しかし目に見えないところでは、巨額の基金の積み上げに始まり、不要不急の備品購入などはまだ罪の軽い方で、組織ぐるみの裏金作りや果ては個人的流用(横領)まで、その泥沼や闇の深さは測り知れません。

第二には実績主義があります。前年度実績が次年度予算の基準となるわけです。その裏には、既得権者の群れが蠢いています。B国における。いわゆるロビイストとは少し異なりますが、業界団体と族議員の、献金で結びついた灰色の関係があるはずです。つまり、業界の隆盛や政治家の保身のためであれば、毎年の借金(国債発行)など多少増えても、何らの罪悪感を持つことは無かったでしょう。何故なら、代々(世襲も多い世界です)の政治家がそうしてきたからで、そうすることが当たり前だと考えられていたからです。借金増大策の極めつけはT中氏の例の「列島改造計画」でしょうか。何のカンのと言いながら、彼の打ち出したドデカイ計画の殆どは、実は既に実現されてしまったのです。日本の島々は橋やトンネルでつながり、川という川にはいくつものダムが築かれ、狭い列島は高速道路や新幹線で貫かれ、たまにしか飛行機の飛ばない空港や、あまり活用されていない立派な港湾などが各県ごとに建設されました。

これ以上、この国のインフラとして本当に何が必要なのでしょうか。インフラは一旦建設されるや、すぐにそのメンテナンス作業が発生します。点検や塗装や補修や法面の草刈りや、ダムや港湾の浚渫作業などなどです。既に900兆円にも上ってしまったインフラのメンテナンス費用は、今後年々嵩んでくるはずです。通常の工場やビルなどでは、年々の設備メンテナンスには投資額の数%が必要とされます。控え目に2%の維持費が必要だと仮定しても、毎年18兆円ものメンテナンス費用が発生する(している)勘定です。歳入が40兆円を下回ろうとしていて国家予算の半分が借金となっているこの時代、ダム建設中止など全く当たり前の決断だとさえ言えるでしょう。

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2009年11月17日 (火)

1053 休題(分水嶺)

先月に引き続き富山へ出かけました。交通費を考えて今回も名古屋からの高速バスを利用しました。名古屋に出る電車賃を入れてもかなり割安なうえ、時間的にも名古屋・富山で3時間強しかかからないので、結構速いのです。ところで、行きは金曜日だったせいか、乗客はたった4人でした。どう考えても10人程度は乗っていないと採算は取れないはずだと思ったので、まったく余計なことですが、バス会社の財布をつい心配してしまいました。

さて、東海高速道は、「山波」を貫いて走っていますので、その波をくぐりぬける長短のトンネルの多さ長さとともに、標高の最も高い地点は1000mを超えている事でも知られています(1080mで日本一)。その地点はまさに、北陸と東海の分水嶺ともなっているのです。山の上ではすでに紅葉も終わり、葉を落とした木々と茶褐色の葉をつけたままの木が混在しています。

往きは東海も北陸も天気が悪かったのですが、翌日の帰りの車窓の風景は、この分水嶺を境に完全に分かれてしまいました。つまり雨がショボショボ降っていた富山平野を後にして、分水嶺を越えた途端に雲が切れて明るい日差しが飛び込んできたのでした。富山市から見上げる後立山の標高の高い部分はすでに今年最初の寒波で冠雪していました。立山や北アルプスが寒波と雪雲を遮ってくれるお陰で、投稿者の住む東海地方の冬も好天を享受できるということなのでしょう。呼び捨てなどしないで、「立山さん」と呼ばなくてはならないのかも知れません。

富山市からは、ぼんやりしているものの北アルプスの山並みが、南は薬師岳から北は立山・剱あたりまで見渡せました。考えてみれば、投稿者の北アルプス通いは10年以上前に、南の薬師岳から始まり、今年の立山・剱で一段落はしたのですが、まだまだ低くても良い山が残っているので、今後も通うのを止める訳にも行かないような気がしています。

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2009年11月15日 (日)

1052 エネルギーのベクトル

省エネに関しての一つの視点を提供します。元技術屋のボキャブラリーは結構限定されますので、ここでもその様な言い回しになりますが、ここではエネルギーに「ベクトル」を想定してみようと思います。元より、分子や原子運動のポテンシャルであるエネルギーに明確な方向が見えるはずもありません。そこで、エネルギーが生み出した付加価値をベクトルの方向とみなすことにします。ベクトルの長さは、言わずもがなですがエネルギーの量です。単位を揃えるために、炭酸ガス量に換算します。

さて製造業の場合を例にとって具体例を見ていきましょう。典型的な製造業では、原料を仕入れ、加工を施して、製品に仕上げます。100円の原料を加工して1000円の製品にして出荷したとすれば、この工場ではある量のエネルギーを消費して、900円X出荷数量分の付加価値をつけたことになります。分かりやすく10000個の製品を出荷するために、10000kwhの電力を消費したと仮定すると、原単位で言うと1個当たり900円・1kwhのベクトルを想定できます。

電力1kwhの中身を切り分けてみると、例えば工場や事務所の空調エネルギーであったり、工程から出る埃を吸い取る集塵機であったり、部品を掃除するための圧縮空気を供給するためのコンプレッサーなどの電力も含まれるわけです。しかしながら、これらの電力は、製品に1円の負荷価値も付与していたわけではないのです。もしこれらのエネルギーが半分だったとすれば、0円・0.5kwhのエネルギーベクトルとなるわけです。つまり、これらのエネルギーはこの工場の収益には何らの役割も果たしていないとも言えるのです。

逆に、工場では下向き(マイナス方向)のベクトルを持つ場合も多く見つかります。たとえば、熱や流体の「漏れ」や「垂れ流し」です。漏れは、単なるロスであり、製品に付加価値をつけるどころか、収益を減らす極悪人なのです。結局、投入した総エネルギー量と、製品の付加価値を上げる事に寄与したエネルギーの比が、その工場の環境効率の指標といえるでしょう。これは、車の例で言えば、1リットルのガソリンで車をどの程度進めることができるかの指標、いわゆる燃費に相当しますので、ここではそれを「経営の燃費」と呼ぶ事にします。来るべき社会では、この経営の燃費が企業の優劣を決める重要な評価基準になるはずです。

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2009年11月12日 (木)

1051 ワークシェアリング

航空会社の経営がおかしくなっています。N航ばかりでなくZ日空もお付き合いで続いているようです。日本の航空会社が生き残るためには、早急に何千人もの人員整理が必要なのだとか。しかし、この時代放り出されるこれらの「整理された人たち」の受け皿はどこにもありません。前の政権も新政権も、雇用の創出の必要性は繰り返し口には出しますが、実際の雇用などほとんど増えていないのです。いわく、介護要員が不足している、農林業の新規就労が進んでいない、などなどと言ってはいますが、介護だけでこの国が食っていけるわけでもありません。すでにこの国は、モノを作ってせっせと輸出し、食糧を輸入しなければ生きては行けない体質になっているからです。

さて、首切りをしなければならない状況の企業はどのように行動するべきなのでしょうか。一つの選択肢は「ワークシェアリング」です。仕事が少なくなって人が余ってきたら、残った仕事を分け合えば良いのです。10人に1人が余剰になったのなら、給料を9/10か、短期的には半分に減らして必死に耐えるわけです。人が余っているわけですから、仕事の無くなった人はよりキメ細かい顧客サービスに当たるか外回りの営業に出れば良いでしょう。航空会社は、人減らしをしてサービスを低下させるのではなく、逆に乗務員を増やして顧客サービスを向上させれば良いし、残りの人は企業や学校や自治体を回り、航空機の利用増加のための営業活動を行うのです。一方で失業者を出し、残った人たちには労働強化を求めざるを得ない「人員整理」に比べ、たとえ給料が多少(かなり?)下がっても、皆で仲良く苦しい時代を乗り切る方が良いに決まっています。

以前、B国のSW航空に数回乗ったことがありますが、N航やZ日空に比べればサービスは雲泥の差だった言えるでしょう。客室乗務員は、飛行中に何度も客席を回り乗客の様子を気にしたり、欲しいものはないかを聞いたりしに来ます。もちろん無料の笑顔もふんだんに振り撒きます。また乗務員は、空港に着陸するや否やエプロンをつけて、乗客が降り次第に機内の掃除を始めます。そして掃除が終わるとすぐに折り返しの便の乗客を乗せ始めます。結果として、着陸後30分も経てば、折り返し便が出発できる事になります。乗務員の愛想が良くて、待ち時間が少ないこの航空会社が、良好な財務体質を誇っている事は決して偶然ではありません。それに引きかえN航やZ日空のパイロットや乗務員の、悪く言えば「エリート意識」は、目に見えるかどうかは別にして、彼らよりずっと給料の少ない乗客には、鼻持ちならない態度だと言えるでしょう。お客様は神様だという意識の欠片もない企業は、一度退場してもらうしかないのかも知れません。

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2009年11月11日 (水)

1050 エコドラおそるべし

投稿者は、10年近く前に車を捨ててバイク族になったのですが、市民向けの温暖化防止出前授業を引き受けている成り行きで、JAFのエコドライブ講習を受講しました。教習車は1800ccのT社の大衆車で、「ドライブコンピュータ」が装着されていました。例の瞬間燃費や平均燃費が表示されるものです。さて、投稿者は長年マニュアル車に乗っていましたので、オートマ車の運転は実は苦手です。案の定、自動車学校の中に設定された約2kmのコースで、最初の「通常走行」のテストランでは、平均燃費が10.0/㍑程度という情けない数字でした。同じチームで同乗した女性は14.0/㍑、日ごろから省エネドライブを心がけているという男性はいきなり16.0/㍑という数字を叩き出しました。その後座学でエコドライブの心得を受講して、再度同じコースでエコドライブの燃費を計測しました。さすがに、2度目はアクセルワークにも気を使い、惰力走行もうまく使った結果、車の運転がずいぶん下手になった投稿者でも、14.0/㍑に改善しました。しかし、かの最初から成績優秀の男性は、何と20.0/㍑という数字を出して見せたのです。JAFのスタッフも感心していましたが、ほぼエコドライブ名人と呼んでも良い数字です。

さて、アクセルワークやその他の指標は、コンピュータによりしっかり把握されデータ化されていました。その名人と投稿者の差を、データを元に分析してみると、次のような点が浮かび上がってきました。

1)   止まるポイントが分かっている場合、はるか手前でアクセルから足を離し、惰力を最大限利用する。止まる位置を合わせるために、投稿者は停止点の手前で再度アクセルを踏んでいたが、名人は一切アクセルを踏んでいない。

2)   坂道を登る場合、平地で十分に加速してから坂に入る。坂の途中で、スピードがかなり落ちてから再度アクセルを踏むと、燃料消費がぐっと増える。

3)   名人は、ブレーキは可能な限り踏まない。基本的にはブレーキは止まる時だけ使う。

4)   アクセルワークは、加速度を感じない程度に行う。シートに背中が押し付けられる感じを受けるのはバツ。そのためにはアクセルはつま先では踏まず、足裏全体で細かくコントロールする。

同じ車で、同じ条件でありながら、投稿者と名人では、14.0/㍑対20.0/㍑と大きく違ってくることに気付かされ、省エネ人間を自認する投稿者も名人には脱帽した次第です。というより、この名人は、今回は単純に講習を受ける目的ではなく、自分のエコドラテクニックを見せびらかすために参加した様なのです。名人の話によれば、通勤に使っている小型車では、日常的に40/㍑の平均燃費程度で走っているとか。まさに「エコドラおそるべし」、です。

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2009年11月10日 (火)

1049 中低温度熱源

もう一つ省エネ技術に立ちはだかる高い壁は、「中低温度熱源の活用」です。熱効率は、熱源の温度が高いほど改善されるので、もちろん燃焼ガスなど温度の高い熱源は使いでがあります。しかし、プロセスで使った廃熱や炉の煙突から逃げていく数百℃の熱源や100℃前後の低温度の熱源は、その潜在量は膨大なのですが、悲しいかなその熱源から回収できるエネルギーは、装置が大型とならざるを得ない一方、効率が極端に低いので「費用対効果」を計算すると元が引けないケースが殆どなのです。しかし、この壁をブレークしない事には、経済社会での省エネは、いつまで経っても前に進めないことになります。

この分野で注目される技術に「海水温度差発電」があります。これは、海底の数℃程度の海水と海表面の25℃程度の差20℃を使って、アンモニアを作動流体としてタービンを回す装置です。温度差はたった20℃ですが、海水の量は膨大であり、それなりの規模の設備を使えば、ちょっとした発電所が出来上がります。もちろん100kwの火力発電所や原発並みの出力は期待できません。その規模はたぶん数桁小さいものしか作れません。その代り、少し深い海が広がっている海辺であれば、どの町にも立地可能です。しかし、考えてみれば海水に温度差がある場所は数多くあるはずです。それは、火力発電所や原発や各種の工場排水は、30℃程度の温排水になっている事でしょう。これを高熱源とし、浅い海底の10℃程度の海水を低熱源としても立派に20℃の温度差は得ることができます。これを放っておく手はありません。

同じく、煙突から無為に放出されている各種の炉の排ガスも大きな熱量を持っていますので貴重な熱源になり得ます。投稿者の住む団地から一山越えたところにある鋳物工場では、24時間キュポラの煙突から大量の熱を捨てています。排ガスは一度冷やして集塵した後でないと排出できないのですが、ガスを冷やすための「空気・ガス熱交換器」の出口温度でさえ、150℃になっていました。排出されるのはきれいな乾燥空気ですが、それを暖房に使うわけでも、温室を温めるわけでも、農産物の乾燥に使うわけでもなく、本当に何の役にも立てないまま大気に放出されているのです。その近くを通るたびに勿体なくて溜息が出ます。もし、安価で効率の高い蓄熱材があれば、それを蓄えて近くの老人施設にでも運べば、給湯や暖房用途に十分使える熱源になるでしょう。そんな、安価で安全な「蓄熱材」の研究でさえほとんど行われていないのはどうしたわけでしょう。環境技術大国の名前が泣いてしまいそうです。

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2009年11月 7日 (土)

1048 輻射熱の利用

今後の省エネ技術で避けて通れないのは輻射熱の有効活用です。多くのケースで、エネルギーのロスが観察されますが、エネルギーが逃げ出す際には必ず熱になり、結局は熱伝導や熱輻射の形で失われます。伝導によるエネルギーロスは断熱材などの適用でかなりの程度軽減できますが、輻射を遮るのは実は結構厄介なのです。鏡のような反射率の高い壁で、輻射熱を追い返すことも有効ですが、やがて鏡面の表面温度が高くなると、そこから二次輻射が始まるので、なかなか効率よく遮ることが出来にくいのです。

その上、他のエネルギーと異なり、輻射エネルギーを貯めて置くことは事実上できません。というのも、温度は物質の振動ですから、断熱すればある程度は蓄えておくことも可能ですが、一方輻射エネルギーとは、その物質振動から放射される長い波長の電磁波ですから、たとえこれを効率的に反射したとしても、そのエネルギーを再度物質に戻して、物質振動に変えることは難しいのです。とは言いながら、全く不可能でもありません。たとえば、輻射の実態である電磁波は、光と同じような性質も持っていますから、パラボラ(凹面鏡)などで集めてやれば、より高いレベルでの有効利用が見えてきます。必要な技術は、例えばアルミやステンレスで、反射効率の高いパラボラを作ること程度ですので、ハイテクは必要ありません。

しかしながら、その限界も頭に置いておく必要もあります。少しややこしい話なのですが、輻射エネルギーを伝達する電磁波は、物質が持つ温度(絶対温度)に支配されます。ある温度を持つ物質から放射される電磁波を集めて、元の物質より高い温度を得ることは、原理上不可能なのです。そんな事はない、太陽光をレンズで集めれば、紙さえ燃える温度にできるではないか、と突っ込みが来そうですが、太陽の表面温度は6000℃もあるので、それを集めて数百℃にすることは造作もない話なのです。一方、100℃の表面温度を持つ放熱体からの輻射熱を集めても、決して100℃の熱源を得ることはできない相談です。

つまり、熱エネルギーや輻射エネルギーの利用は、高い温度から低い温度まで多段階に活用してやることが必須だと言えるでしょう。ポテンシャルの高いエネルギー(電力や石油など)に依存してきた20世紀の技術は、実はこのような仕組みとはなっていません。たとえば、車ですがエンジンで燃やした排気ガスを直接そのまま大気へ捨てているではありませんか。工場などに立ち入った際に、むっとするような熱気(輻射エネルギー)を感じた時、「ああ勿体ない」とつい感じてしまいます。

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2009年11月 5日 (木)

1047 エフワンからイーワンへ

自動車メーカーやタイヤメーカーのF-1からの撤退が続いています。投稿者としては大歓迎です。そもそも、「大きい事は良いことだ、馬力があって速い事も良いことだ」という前世紀のお祭りであるF-1が、今も続いていること自体時代錯誤になりつつあると言えるでしょう。もし、この時代にお祭りを仕掛けるなら、1リッターの燃料しか使わない「Eco-1=E-1」レースを本格的に立ち上げるべきでしょう。この種のレースなら、大きな資金は要らないので、大学や工業高校などでも、たぶん個人でも十分参加可能でしょう。エコランカーの性能は、必ずしも技術力や資金力ではなく、燃焼改善のアイデアや軽量化の細かい工夫の積み重ねで十分カバーできますので、むしろメーカーは参加車から車の省エネ技術について、大いに刺激を受けるはずです。

投稿者の住む市の隣にある町で、つい最近学校参加者を中心に100台以上のエコランカーを集めたレースが開催されましたが、優勝校は工業高校でした。記録は、リッター当たりの燃費が600km以上という好成績です。これまでの世界最高は、記憶している限りでは1000kmをかなり超えているはずですが、高校生でさえこんな立派な数字を叩き出している事は頼もしい限りです。

このブログでも、以前にリッター当たり実用的に100km走れる「100キロカー」を提言していますが、リッターで1000km走る試作車に、保安装置を付け加えて行って「100キロカー」を作る事はそんなに困難だとは思いません。一方、リッター当たりでやっと30kmを超えたハイブリッドカーの燃費を、100kmまで持っていくのは、元技術屋としての暗算ではほとんど無理の様な気がします。つまり、現在のエコカーの出発点は、鉄でできた20世紀の車であり、一方来るべき時代に求められるエコカーは4輪の自転車から発想する必要があるということです。2輪であれば、現在でもリッター当たり100キロはすでにH田のSカブで実現されていますので、「100キロカー」のベースとしてはそこに使われているコンポーネントや技術で十分でしょう。

自動車メーカーやタイヤメーカーは、中国やインドに今のエコでない車を売ることばかりに熱中しないで、ぜひ世界に冠たる「100キロカー」を世に出すために、イーワンにこそ「ポンと」資金を出してもらいたいものです。

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2009年11月 4日 (水)

1046 ESOP(省エネ織り込みプロセス)

またまた新しい言葉を作りました。Energy Saving Oriented ProcessESOP)です。日本語にすれば、「省エネルギーを織り込んだプロセス」とでもなるでしょうか。今あるプロセスの中で、いくばくかの節減対策を行い、投入エネルギーを減らすのがいわゆる省エネ活動です。設備のアイドル時は完全に停止する、昼休みに消灯する、流体の漏れ個所を修理する、エアコン温度を加減する、フィルターなどの掃除をこまめにするなどの、いわばケチケチ作戦です。それでも目標達成に届かなかったら、経営者は仕方がないので、お金をかけてエネルギー効率の高い設備に更新するなどの対策を講ずる必要がありました。

ESOPの考え方では、エネルギー効率の面からプロセスそのものをゼロから見直します。というのも、現在使われている殆ど全てのプロセスは、安い(安かった)エネルギーコストを前提として設計されているからです。エネルギーコストをベースとして、製品コストを積み上げていますので、大きな投資までして、お国が掲げる省エネルギー目標値を達成することについては、ついつい被害者意識を持ってしまいがちです。しかし近年の石油価格の高騰は、資源埋蔵量の限界を意識しての、単調な右肩上がりですから、プロセスのコスト前提を徹底的に見直す必要があると思うのです。(現実にもメキシコ油田の一つが干上がりかけています。)

抽象的な言葉だけではわかりにくいで、具体例を挙げてみましょう。投稿者の住む地域の近くには、多治見や土岐といった昔から窯業が盛んな地域があります。そこで今行われている焼成プロセスは、液化石油ガス(LPG)を燃やして、箱型炉やトンネル炉内の瀬戸物を、1300℃程度の温度で、長時間かけて焼きあげていると想像しています。瀬戸物は、細かな粒子であった粘土(主として酸化アルミナの粉末)を水で練って、まず乾燥素焼をし、釉薬を塗ってから更に高い温度で焼きあげる事によって、粘土の粒子がお互いに結合して一体となるようにするプロセスによって作られます。省エネを織り込んだプロセスの開発とは、焼きあげる方法そのものを根本から見直すことを指します。例えば、ガス焼成に機械的振動(超音波など)や圧力、さらには電磁波などの物理的手段を追加することによって、非常に短い時間で焼き上げることを可能にする技術を開発するわけです。これは単なる投稿者の思いつきなので、時間を掛けて検証する必要がありますが、そんな技術が完成した暁には、瀬戸物業界では現在の数分の1となるような大幅な省エネも見えてくるはずです。政府の打ち出した25%の省エネ目標など朝飯前での達成が可能なのです。

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2009年11月 2日 (月)

1045 温暖化を体感する

温暖化効果ガス(GHG)はもちろんCO2だけではありません。いちばん強力なGHGは、実は「水蒸気」なのです。温泉場での経験を思い出すまでもなく、湯気が充満している風呂場では、冬でもそんなに悪寒を感じません。それは水蒸気が体から放散される遠赤外線をブロックしてくれるからです。湯気がない露天風呂では、冬場は建物から湯船まで走らなければならないはずです。その水蒸気による地球の温暖化寄与率(寒冷化防止寄与率)は、約8割程度と推計されています。もし、大気中に水蒸気が全く無いと仮定すれば、地球の平均気温は今の概ね15℃からマイナス10℃以下には落ち込むはずです。砂漠では、湿度(水蒸気量)が極端に低いので、赤外線の入射や放射が大きくなり、昼は50℃を超える一方、夜は0℃近くまで冷え込むことになります。

砂漠まで出かけなくても、日本でも春秋の乾燥している時期には、日射と夜間の放射冷却で、朝晩の気温差が20℃以上に及ぶことも経験できます。逆に、湿度が高い夏場や厚い雲に空を塞がれている日には、水蒸気のGHGガス効果により、温度差が数度にとどまる事もあります。CO2による温暖化効果が強まれば、平均気温もさらに上昇しますが、加えて一年中夏場と同じようなメリハリの少ない気候にもなるはずです。大きな朝晩の温度差で生まれる農作物のうま味や、鮮やかな色の紅葉などは、来るべき温暖化時代にはもはや期待できないでしょうし、夜間の冷え込で降りる露で水分を補給して辛うじて生きている砂漠の植物や生き物も、死に絶えてしまうはずです。砂漠は、生き物をまったく見ることができない、本当の無機砂漠の世界になることでしょう。

どうするべきかの答えは簡単です。まずは暑さ寒さをしっかり体で感じることです。その上で、季節感を狂わす旬の無い食物を食べるのを止め、季節感を無くす冷暖房を止め、無駄に早い移動手段を諦め、海外の安いが危ない食糧の輸入を止めれば、GHGの大きな部分を占めるCO2の増加も鈍化するはずです。投稿者の事務所のように、冷暖房を一切使わず、暑さ寒さを体で感じる訓練をすることは、免疫力のますます低下している現代人類の存続可能性をいくらか高めてくれることは間違いないところです。

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