« 1138 ミツバチの衛兵 | トップページ | 1140 幸福度2 »

2010年5月 8日 (土)

1139 幸福度

B-タンという国が、採用している「国民の総幸福度(GNH)」という指標が、最近注目され始めています。確かに、戦後の国全体が貧乏であった時代、お金を儲けて、家や、車や家電製品を買い集める事が幸福であると考えられてきました。終身雇用が前提の社会システムで、右肩上がりの経済成長を続けている時代(20世紀後半)は、GDPに比例する形で、GNHも増加してきた筈です。人々は、何の疑問も持たずに、ひたすら前に向かって進めば良かったでしょう。しかし、ここにきて、「ところで、本当の幸福って一体なんだったんだろう?」という疑問が、物質的な満足度を一応獲得した人たちの間に広がり始めている様なのです。

そこで、このブログでも、今後折に触れて「幸福」の定義について、少しずつ考えてみる事にしました。さて、サラリーマンを卒業してすっかり貧乏になった投稿者ですが、幸福度を尋ねられれば、多分8.0程度かそれ以上のスコアと答える事になりそうです。ここにきて、一応ですが環境カウンセラー業でも、なんとか日々の糧は得られるようにはなりましたし、かなりの人々からそれなりに「頼りにされている」事が実感できているからです。企業人として、企業から毎月給料を貰い相応の成果が期待されているのと、一人の人間として、パフォーマンスが期待され、その提供の結果としていくばくかの謝礼がいただけるので、順序が全く逆です。

回りくどい言い方になってしまいましたが、投稿者の考える幸福度とは、結局は「効力感の大きさ」という尺度で測るもの、という事になりそうです。つまりは、自分が何らかの行動をした結果、幾人かの人々に感謝され、その感謝の発露として、感謝の言葉やいくばくかの謝礼をいただき、それで日々の糧が購えれば、これに勝る幸福は無いと思うのです。もちろん、家族を含めた身近な人々との良好な人間関係は、そのベースになるでしょう。自分が何を、どの様に活動しても、何も変わらない様に思える「無力感」に苛まれている人々の不幸は計り知れません。でも、その人達でさえ、自分が行動した結果としての、自分の周りの小さな変化(例えば、自分が挨拶をした時に挨拶を返してくれるお年寄りや子供たち、あるいは自分がゴミを拾った結果、前の様に気持ち良くなった歩道など)に注目しさえすれば、小さな効力感を感じる事は十分可能でしょう。幸福度の高い人たちとは、つまりは「小さな幸福を集める事が上手い」人たちなのだ、というのがここでの結論になりそうです。たぶん続きます。

|

« 1138 ミツバチの衛兵 | トップページ | 1140 幸福度2 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 1139 幸福度:

« 1138 ミツバチの衛兵 | トップページ | 1140 幸福度2 »