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2011年1月31日 (月)

1272 環ビジ30(PCB代謝菌)

1270のダイオキシン代謝菌からの単純な連想です。PCBそのものは、現在は製造されていませんが、かつて作られて、今は取り外されている古い変圧器の中などに入ったまま保管されているPCBの量は膨大です。最近でも、保管されていた古いトランスなどが、それと知らずに不燃ゴミとして処分された、などという危ないニュースが時々流れます。PCBは、非常に安定性が高く絶縁性のある化合物ですから、かつては変圧器の中の絶縁油や、熱交換機の熱媒体などとして多量に使われました。多くの人は忘れているかもしれませんが、かつてPCBの混じった食用油が原因で多くの中毒患者を出し、体内での分解や代謝がほとんど進まない結果、長い間後遺症にも苦しんだ歴史を銘記すべきでしょう。つまり、安定であるということは裏を返せば、自然に分解されることはほとんど期待できないということにもなるのです。これを分解する場合は、仕方がないので高い温度の燃焼ガス中で、分解無害化する装置が開発されました。しかし、基本的にはPCBの製造が中止され新しい需要は無いので、処理装置の絶対数が少ない事、処理費用が高いこともあるのでしょうが、多くの企業や自治体なども、昔取り外したPCB含有機器を一か所に集約して保管しているだけで、処理はほとんど進んでいません。ましてや今の様な経済の停滞期には、大きな出費となり何の利益も生まない「厄介者」の処理を積極的に行う推進力も出てきません。

ここでも、PCB分子の強固な結合力を切り離す力(酵素)を持った微生物への期待が大きくなります。それは、ダイオキシンとPCBに共通するベンゼン環(や類似の六角結合)とそれに結合する塩素との強固な結合を切ることができる、強力な「ハサミ酵素」を持つ史上最強の微生物かもしれません。

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2011年1月29日 (土)

1271 休題(宇宙宅配便)

数百キロ上空に浮かぶ住宅(ISS)に、鳥の名前が付いた宅配便(HTV)が届いたようです。ここでは、バスほどもあるこの無人の使い捨てコンテナを、宇宙まで届けるまでの気の遠くなる額のお金を考えてみました。日本のHTVのペイロード(載荷能力)は約5トンです。それをグラムに直せば500万グラムになります。さて、これを1発100億円程度の使い捨てロケットで打ち上げるとした場合、ペイロード1g当たりにすれば、概ね2000円掛かると計算できます。ちなみに、これは金(Gold)の地金価格の半分程度に相当し、例えば500mlのペットボトルに入った飲料1本を宇宙に送るには、なんと100万円も掛かるという途方もない金額になる計算です。

どう考えても、無重力下で、長期間植物を育て、あるいは夢の合金を作るといった「程度」の実験をしたいのであれば、ISSは無人化し、飯も食わず、水も飲まず、呼吸も排泄もしない「精巧なロボット」でも送り込めば十分でしょう。また何も、ロシアの高い「タクシー」で人を送り、無重力下で骨粗鬆症の人体実験などしなくても、間違いなく今後とも「宇宙で暮らすお年寄り」は現れないでしょうし、同じお金を掛けるのなら、地上で何万人かのお年寄りに対して、長年に亘る精密な検査や聞き取り調査を何十回も行った方が良いに決まっています。そこから得られるデータベースの方が、「健康過ぎる宇宙飛行士」一人の実験データより、どんなにか役に立つでしょう。

長期展望のないまま、徒に(成り行きのまま)人を宇宙に送る事業はここらで打ち止めにしたらどうでしょう、というのが投稿者の提案です。どうせ22世紀になろうが、普通の人が宇宙に旅行することは叶わない夢なのですから、そんな「夢のまた夢」を若者に見せるのは逆に罪というものでしょう。確かに投稿者の子供時代には、21世紀になったら、あのベレー帽の漫画家が想像した様な「小型原子炉を搭載した人型ロボット」が、人間を助けながら社会で仲良く暮らすというバラ色の夢を見せてもらったような気がします。しかし、現実に21世紀に「やっと間に合った」のは、T社のハイブリッド車くらいのものでした。小型原子炉どころか、数メートルもある分厚いコンクリートの遮蔽容器に閉じ込めて一歩も歩けない原子炉でさえ、危なっかしくもやっとお守りをしているのが、現代文明の技術力レベルなのです。一方で、化学製品や車や航空機や電化製品の多大な利便を受けた代償として、重たい環境汚染や温暖化のツケも受け取ってしまった訳です。オッと、また「環境愚痴」になりそうです。

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2011年1月27日 (木)

1270 環ビジ29(ダイオキシン代謝菌)

もし、私たちにとって最も危険な有害物質の一つであるダイオキシンを代謝し、無害化する微生物が見つかれば画期的な発見となる筈です。しかし、同じくらい有毒なヒ素を代謝する微生物が見つかったくらいですから、「ダイオキシン代謝菌」が見つかってもそんなに不思議ではありません。そのような微生物は、たぶんダイオキシンに高濃度に汚染された地層から見つかりそうな気がします。エサがあるところには、必ずそれを代謝する生き物が発生するからです。人間や動物の様に足があって自由に移動できる生き物はさておき、植物やバクテリアの類はほとんど移動できないので、その周囲(環境)に存在する物質やエネルギーで生き延びる工夫を始めるしかないわけです。

普通の生き物は、酸素を使って(物質の酸化で発生するエネルギーから)活動のエネルギーを得ているわけですが、多くの物質は、結合(化合)する相手物質との相性があり、その結合エネルギーの差を利用すれば、理論的にはいくばくかのエネルギーを得ることもできるでしょう。結合ポテンシャルの高い化合物の結合を切り離し、全体として一段低いレベルの結合エネルギーを持つ化合物にする際に「配当」がもらえるわけです。

化合物の結合を切り離すには、高エネルギーを持つ紫外線を利用したり、常温であれば「酵素」を利用したりすることになるのでしょう。強固に結び付いているダイオキシンのベンゼン環や塩素を切る「ハサミ」を持つ酵素は、もしかするとすでに存在するのかもしれませんが、化学や生物には素人である投稿者は、必要な努力は、ダイオキシン汚染地域に棲息する何万種類かの微生物を根気よくスクリーニングすれば、そのうちに見つかるのでないか、などと単純に考えています。

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2011年1月25日 (火)

1269 環ビジ28(花粉抑制剤)

去年に比べると、今年は花粉の飛散が一桁多いらしいです。中学時代に発症し、筋金入りの花粉症を持つ投稿者としては、今から憂鬱です。数年前に花粉の少ない種類のスギが、遺伝子操作だったか、品種改良だかで開発されたニュースを聞きましたが、今猛威を振るっているのは、戦後に税金を投入して植林され、国有林や民有林にただ立っているだけで、枝払いもされていない、ヒョロヒョロのスギやヒノキからの花粉なのです。新しい品種の苗木が植えられて、実際に大部分が新品種の山に生れ変わるまでには、たぶん数世代にわたる時間が必要だと想像されます。

そうではなくて、今必要なのは、現在立っている樹木の花粉を抑える事なのです。植物の成長や季節サイクルは、天候によって支配されますが、植物は完全な受け身なのではなく、いわゆる「植物ホルモン」の分泌によってそれにうまく対処しています。前年の夏の気温が高いと、翌春の花粉量が増えることは、すでに知られていますので、見つけるべきは高温が継続した夏の気候の結果として産生され、花粉を作る機能を亢進させる「花粉増産ホルモン」なのです。

生体の場合、ある種のホルモンには、必ずそれを抑制する「拮抗ホルモン」が存在するはずなので、花粉を増産するホルモンが見つかれば、花粉の産生を抑える拮抗ホルモンも芋づる式に見つかるはずです。これは植物由来ですから、人体や動物には無害でしょうし、ごく微量で効果を発揮するでしょう。もしかして、このホルモンのトバッチリを受ける別の植物が存在するかもしれないので、散布前には十分な事前検証が必要かもしれませんが…。

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2011年1月23日 (日)

1268 環ビジ27(ノイズキャンセラー)

発電風車や冷却塔からの低周波騒音が問題になっています。低周波は、耳にはほとんど聞こえないものの「体には聞こえていて」、不眠や頭痛などの不定愁訴がその症状となります。同様の例ですが、投稿者の背向かいの家では、最近オール電化に乗り換えましたが、真夜中に忙しく働く「ヒートポンプ」のグーンというノイズが、時々眠りを邪魔します。寝つきは良い方なのですが、時々いつもの時間に入眠できない夜があり、結構これが気になるのです。夏になったら騒音対策をお願いしなければならないかもしれません。同じようなトラブルは、住宅に隣接して設置されている大型の冷却塔(クーリングタワー)でも起こる可能性があります。

音波は、空気中を伝わる疎密波ですから、それが可聴域であれば耳(鼓膜)に、しかし低周波域であれば体全体を揺さぶることになります。実際のところ自然界には、この様な一定した波長や音圧を持つ音源は存在しません。自然の音は例外なく、例えばゴウゴウ吹く大風でさえ、1/fで揺らいでいるからです。一定の波長で、あるデシベル以上で持続する人工の疎密波は、何故かは知りませんが、人体にとっては強いストレスの原因になっているようなのです。そういえば、昔スパイ映画か何かで「拷問の道具」として、「音責め」をしている映像を見たような気もします。

そこでノイズキャンセラーの登場です。これは、音源をサンプリングして、それと逆位相の音をスピーカから出すことによって、疎密波であり、音による環境汚染源であるノイズを積極的に消してしまう装置です。量産して、道路沿いの防音壁などに取り付ければ、道路沿いの住民の安眠を助ける事でしょう。騒音も、実のところ音による「環境汚染」なのであり、もっと環境問題として取り上げなければならないはずなのです。音圧レベルにもよりますが、もしかすると周波数を1/fで揺らぐように、モーターの回転数を少し変化させる(自然の音に近づける)だけでも、かなり改善できるような気もします。

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2011年1月21日 (金)

1267 休題(お金の話)

このブログでは、再三再四お金の話を取り上げてきました。なぜなら、お金の流れは、その「逆の向き」に動くモノやエネルギーの流れを産み、結果として環境負荷の増大に直結するからです。最近、少しだけですが頭の整理が進んだような気がするので、そこらの事を書いてみます。

お金の歴史を想像すれば、そもそもは不便な物々交換を補完するため、「モノ」の代価を示すシンボルとして発達したはずです。貝であれ、珍しい石であれ、最初は鋳造され、後には鍛造(Coining)されるようになった銅や金であれ、誰かが決めた通貨の価値に対する「信用力を根拠に」流通していたはずです。しかし、貯めておいても腐らない通貨は、大量に流通するにつれて、ストックされる様にもなった事でしょう。それは「海賊映画」などを見ても、容易に想像できます。通貨を多く貯めこんだ人を指して「金持ち」と呼ぶようにもなりました。

通貨の歴史に大きなエポックを刻んだのは、たぶん「紙幣」だったのでしょう。ほとんどタダの紙に印刷され、それを発行している国の信用力だけに裏付けされた「長方形の紙」は、作るにも携帯にも札束にしてのストックにも便利で、金(Gold)の流通量が限界を超えた時点から、通貨そのものとなりました。国際的には、$が(最近で言えば€が)その代表「でした」。しかし、経済規模が、飛躍的に増大するにつれて、それでは量的に間に合わなくなり、第二のエポックである「債権化」が進み、さらにはそれらの「価値」やお金自体が「電子化」されたわけです。

しかし、ここでの大きな誤算は、電子マネーや電子価値の決済は瞬時で完了する結果、誰にも「うまく制御ができない」という事態の発生だったのです。自然現象である地震波や津波は、伝わるのに一定の速度を持っているため、ある条件下であれば「予測」も十分可能です。しかし、この時代では経済ショックの波は、瞬時に世界を駆け巡り、しかもその波は「増幅」することになりますので、いまや誰にも予測や制御ができなくってしまったのです。経済には素人の投稿者でさえ、あのリーマンショックは、電子マネーが原因の「ドミノ倒し」現象だったと理解しているのと同時に、規模の大小は別にすれば、今後も何度か起こりうる経済の「活断層」の一つに過ぎない、という見方をせざるを得ません。それでなくとも金余りの現在、特定の場所に溜まった金の持つ圧力=歪が蓄積し、まさに地震を引き起こそうと待ち構えている活断層は、日本や世界のあちらこちらに見え隠れしています。

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2011年1月19日 (水)

1266 環ビジ26(保温手袋)

環ビジというより、誰かにぜひ開発してもらいたい製品です。冬の日にバイクに乗るのは辛いものです。特に、手が冷たいとハンドルの感覚も鈍くなり、不安全でもあります。一応グリップにヒーターは巻いていますが、それでもやっぱり指先は冷たいのです。そこで、手袋の甲に、小型の風車をつけて、その電力でヒーターに通電し、指先と手の甲を温めてもらいたいのです。充電式の電池で数時間暖かさを保つカイロは愛用していますが、ほのかに温めるだけであれば、そんなに大きな電力は必要ない筈で、数ワットの出力の発電機があればOKでしょう。

別に発電機+ヒーターの組み合わせでなくてもOKです。例えば、風の持つ力を摩擦熱に変えて、直接手袋を温める仕掛けも考えられるからです。誰かが開発してくれたら、投稿者が少なくとも1セットは買うことを確約します。

ところでここでは、単純な製品アイデアを書いているのではなく、環ビジの考え方も示しているつもりなのです。これは、実のところ環境ビジネスの原則に近い考え方に沿っているアイデアの例だとも言えなくもありません。投稿者が考えるその原則とは、「本当に」必要なものを、必要な場所で、必要な時に、必要最小限の量を、「環境に(ほとんど)負荷を与えずに調達・利用する」というものなのです。この条件さえ満たせば、そのビジネスは「環境ビジネスである」と胸を張っても良いと思えるのです。つまり、バイクに乗っていて、その場で、ほとんどタダで手に入る「資源・エネルギー」はと言えば、正面から当たる「強い風の力」しかないとも言えるからです。

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2011年1月17日 (月)

1265 環ビジ25(昼光照明)

晴れた日中でも、蛍光灯を点けっ放しにしたビルや工場を見るたびに不思議になります。なぜ「お天道様」の「明る過ぎるほど明るい恵み」を利用しないのか、全く理解できないからです。一方では、国も省エネのために大きな投資が必要な、LEDなどの「小手先の対策」である、高効率照明器具を推奨したりしているのです。実のところ太陽光ほど、お金がかからず、しかも目に優しい光はない筈なのです。何しろ、私たちが持つ目は、幅広い波長の光が混在する太陽の光の下でこそ、その能力が最大限発揮できるように進化したはずだからです。いくら太陽光に似せても、所詮波長が高温度側(青色側)に偏った蛍光灯や水銀灯、まして波長の幅が極端に狭いLEDなどは、目には決してよろしくない、欠陥だらけの「人工光源」にすぎません。

そうではなく、私たちはもっとお天道様の光を活用しなくてはならないはずです。仕掛けは結構単純なもので十分でしょう。ステンレスやアルミの反射板を使えば、日の光が当たらない北側の部屋にも日光のお裾分けができますし、同じ材料で内側がピカピカのダクトを作れば、奥まった室内まで光を導くことも簡単にできるでしょう。光源が必要となる場所で、ダクトに窓を切っておき、そこに半透明で光を乱反射させる和紙か半透明プラスチック板などを貼っておくだけで、目に優しい自然照明が実現できます。光は真っ直ぐ進みますので、これらの仕掛けの設計は決して難しいものではなく、簡単な縮小図を描くだけで済みます。あとは、季節や時間によって、高度や方向が少しずつ変化するお天道様を追いかける必要があるだけです。その際、決して光センサーや自動追尾装置などの仕掛け(Gadgets)などを考えてはいけません。それは当番の人が、一日数回の時間調整と、2週間に1回くらいに季節調整のためにハンドルを回す手間で済む話だからです。

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2011年1月15日 (土)

1264 休題(COP16)

昨年末のCOP16は事前の予想通り何も決まらず、問題の先送りで閉会しました。生物多様性の様に、誰もが賛成できそうな議論とは異なり、参加国の経済エゴ、とりわけ先進国と途上国の利害対立の溝は今後も埋まらないとみられます。しかしながら、この膠着状態は、千載一遇のチャンスでもあると捉え直してはどうかと、投稿者などは思うのです。この国の主張はと言えば、「我が国はすでに世界で最も省エネルギーが進んでいるので、今以上の省エネ努力は、製造業のコストアップを招き、国際競争力が弱まる」というものです。しかし、企業の省エネ指導を仕事の一つとしている投稿者からは、どの工場でもそんなにコストをかけないで、少なくとも現状の3割程度はエネルギーを削減できるポテンシャルは持っているように見えます。当面の目標は、現在の半分のエネルギー、半分の資源投入で、現在と同レベルの「機能」を発揮する製品づくりを目指すべきでしょう。現在と同じ製品ではなく、同レベルの働きができる製品なので、根底のコンセプトまで遡った製品のバージョンアップが必要です。

結局、B国やC国や途上国抜きの温暖化防止条約では、日本は省エネのためのコスト負担で、国際競争力が弱まるとの議論は、実は嘘っぱちではないかと思えるのです。そうではなくて、今からしっかり省エネや新エネ技術、省資源技術を磨いておいて、国際競争力を蓄えておけば良いのです。アイデアは、十分過ぎるほどあります。1970年代に起こったオイルショック直後の新聞や論文を丁寧にチェックすれば、省エネや新エネのネタはゴロゴロ出てくるでしょう。例えば、Dイツが最近力を入れだした「太陽熱発電」ですが、実は1970年代にたっぷり使えたNEDOの助成金で、この国でも十分実用レベルに到達していた技術なのでした。Dイツは、それに「蓄熱技術」を加えて、夜間でも発電できるように「少し改善」しただけなのです。

Dイツの様に、世界の10年先を走ってさえいれば、何も恐いものはない筈なのですが…。

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2011年1月14日 (金)

1263 環ビジ24.5(インコンビニ)

おまけのコンビニ提案です。Inconvenienceとは「不便なこと」を意味しますが、あえて不便なコンビニを考えてみます。この店には、飲料や菓子や乾物以外の「生もの商品」はほとんど置いていません。基本的には、ここはインターネットや予め電話で申し込んでおいた商品を受け取る場所なのです。利用者は「予約」という一手間をかけることを求められますが、商品の保管スペースは最小限で済みますから、大型の冷凍冷蔵設備は不要ですし、接客エリアも最小限として、照明や冷暖房負荷もミニマムとしますので、売値は下げられます。空いたスペースには、照明を落とした休憩場所を設けて、簡単な飲食もできるようにします。

食べ物は、予め登録してあるコンビニに、45時間前には予約を入れないと、ありつけないようにしておけば、食べ残しや売れ残りの食品処分もほとんど無くなるでしょうから、この国の見かけ上の「食料自給率」も上がる事でしょう。ネット+携帯社会となったこの国で、絶滅しかけている「注文して待つ」という行動も、少しは復活するでしょう。少し、明るい兆しは、それほど高価でも、中身が立派でもない「福袋」ごときに、早朝(あるいは前夜から)長蛇の列を作る「忍耐力」が若い世代にも残っているという事実でしょうか。

考えてみれば、少しだけ待つ忍耐力さえあれば、欲しいものを無駄なく手に入れることが可能なのです。しかも、環境に与える負荷も最小限で済むというオマケつきです。どうせなら、値段も待つ時間の長さに反比例して安くなるように設定しましょう。つまりは急げば急ぐほど高いものを買わされるという仕掛けです。例えば、1週間以上待てるなら、この時代ですからメーカーも商品在庫を持たないで、無駄のない注文生産が可能となります。「待つ楽しみ」を今後の重要なKWに据えなければならないのかも知れません。在庫を抱え、現代の間断のない流通を調整する役目の倉庫業や問屋業界には、やや申し訳ないシステムではありますが・・・。

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2011年1月13日 (木)

1262 環ビジ24(環境・コンビニ2)

コンビニや高速道路のSAで見かける、ごみ箱からあふれ出たごみの洪水には、見るたび「ごみを出さずには生きていけない人間のサガ」を見るようでいつも悲しくなります。コンビニは、商品をできる限り小分けにして、独身者や高齢者の便宜を図ることで、その利益を出しているわけですから、商品と包装の目方の比を取ったと仮定すれば、すべての流通業で、たぶんコンビニが最悪となることでしょう。もちろん、小分けにした商品配送に掛かるトラックからの環境負荷の割合も非常に大きいのですが・・・。

普通のコンビニを「環境・コンビニ」へ変身させるには、ここのところに楔を打ち込む必要があります。つまりは、例えば「秤売りコンビニ」を登場させる案です。商品の種類をある程度絞り込み、商品にはすべて目方で値段が付けられます。客は、備え付けのビニール袋で商品をつかみ、くるりと裏返して中に入れます。いくつかの商品を籠に入れてレジに行くと、籠ごと秤にかけ商品名を選ぶと値段が瞬時に計算され表示されます。個装の商品を売る場合に比べてそんなに手間はかからないので、ますます気が短くなりつつある現代人にも受け入れられるはずです。もちろん、レジ袋を欲しがる客には、マイバッグを持ち歩かないペナルティとして、びっくりするくらい高い値段で売りつけます。

ところで、投稿者はここ数年古紙業界に少し縁ができ、その内情にもかなり詳しくなったのですが、彼らの目下の悩みは、古紙の相場が下がっている事に加え、コンビニなどの小口の顧客でも、ほぼ毎日収集に行かなければならないという、「顧客のわがまま」なのです。段ボール箱が、数枚しか溜まっていなくても、軽油リッター当たりでたった3㎞しか走らないパッカー車を転がして、日々収集して回るのです。「環境・コンビニ」業界には、ぜひ全面的に専用の配送コンテナを使った配送システムを工夫してもらいたいものです。根本問題は、製品の入り口だけ作って、廃棄物の出口を行政にまかせっきりのしている社会の仕組みなのです。むしろ、積極的にコンビニの駐車場の片隅に「小奇麗なゴミステーション」を設置して、近隣住民の、段ボールや飲料空き容器、新聞や雑誌などの「資源ごみ」の集積場所を作ってもらいたいのです。これならば、毎日収集に回っても、回収効率は飛躍的に向上するでしょう。コンビニは、商品を売る入り口であると同時に、包装ごみが戻ってくる出口でもある、という枠組みが作れれば、環境・コンビニの評判や存在価値は飛躍的に上がるはずです。

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2011年1月11日 (火)

1261 環ビジ23(環境・コンビニ)

環境保全とコンビニ型店舗は、本来水と油の様に全く相いれないものなのですが、ここでは敢えて投稿者なりの「乳化剤」を加えて、無理やり混ぜてみます。つまりは、環境に配慮したコンビニが実現できるかどうかの「思考実験」です。

さて、1店のコンビニは普通の家の40軒分かそれ以上のエネルギーを使って、営業されています。24時間点けっぱなしの明るすぎる照明、同じく壁いっぱいに作りつけられた冷蔵・冷凍設備。さらには、夏は涼しすぎ、冬は暖かすぎる冷暖房など、さながらエネルギー浪費の見本市です。その中で最大のものは、屋根やバックヤードにゴロゴロと設置されている「室外機」を見ても想像できるように、冷暖房と冷蔵・冷凍ショーケース運転の電力です。照明負荷も確かに大きいのでしょうが、精々数kwの電力にとどまるでしょう。

ではどのようにして、電力を減らすかですが、屋根一杯に太陽光発電パネルを設置したとしても、最大でも3kw止まりでしょうから、照明を賄う程度にしか間に合いません。それならば、屋根を光は通すが、赤外線はほとんど通さない素材で葺けば、少なくとも日中はほぼ無照明で済むはずです。一方、開架の(開放式の)ショーケースは全く納得がいかない道具です。つまり、冷気は全く解放されている前面から「じゃじゃ漏れ」状態になっているからです。ましてや、冬には漏れた冷気で冷えた店内を、わざわざ電力を使って暖房し直しているわけです。前面に何らかの扉をつけるだけで、冷凍機の負荷はたぶん半分にはできるはずです。見栄えが良くて、開けやすい扉は、少しの知恵や工夫で開発できるでしょう。それより、真空パックなどを上手く利用して、冷やさなくても済む商品を増やすだけでも、冷蔵ショーケースはかなり減らせるのです。それより、冷蔵冷凍ショーケース自体を、簡単仕切った小部屋に押し込むのも良いアイデアかもしれません。機械の排熱も、冬の暖房に使いまわします。

一方で、建物の断熱性も現状では十分ではないので、屋根や壁に分厚い断熱材を入れ、窓にも赤外線をブロックするフィルムを貼れば万全でしょう。これだけで、コンビニの環境負荷は約半分、つまりは家20軒分ほどに低下し、全国4万店のコンビニ全体では、標準的な家庭80万軒分の電力が削減できる勘定です。適当な暗算ですが、これはたぶん原発半個(50kw)程度の電力削減に相当するという「皮算用」が成り立ちます。

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2011年1月 9日 (日)

1260 環ビジ22(P.I.U.Sとは)

環ビジの少し大きな枠組みです。「P...S」とは、環境人間への脱皮を志し、2002年にDイツを訪問した際に投稿者が仕入れてきた概念です。意味するところは、「環境保全を織り込んだ製造」で、そのドイツ語の頭文字を取った略語です。この概念は次の5つの柱からなっています。即ち、1)Cleaner Production(より環境負荷の小さな工程や製品)、2)EMASEUの環境管理制度)、3)ISO14000(これは言わずもがなでしょう)、4)MEAs(多国間の環境協定)、5)ESCO(これも今やこの略語だけで通用するようになりました)です。

これをよく眺めてみると、ISO14001の認証だけで、「我環境経営に対応せり」と考えている企業は赤面して、身を小さくせざるを得ないことが分かります。つまり、ISO14001だけでは、Dイツ企業の、やっと足元に手が届いただけのヨチヨチ歩きの状態だと言えるでしょう。投稿者は、この時の訪問で、日本企業の環境への取り組みは、Dイツに比べて「少なくとも10年は遅れている」と感じたものです。そうであれば、遅くもここ1-2年の間には、残りの4つの概念を「ガリ勉」し、かの国に追いつき、やがては追い越さなければなりません。ISO14001こそ知名度が上がり、中堅以上の企業ではある程度行きわたり、現在2万社あまりが認証を受けています。ESCOは、たぶん大企業や大口のエネルギー需要家ではすでに検討されたり、実施が始まったりしているかもしれません。しかし、残りの3つは全くノーマークだと想像しています。

断言しておきますが、少なくともこれらすべてに取り組まない限り、日本の企業や産業は、今後世界市場では浮かび上がれないだろうとみています。省エネだけの取り組みでは焼け石に水なのです。逆に、「P...S」を越えるくらいの理想の高い概念を掲げて進むことによってのみ、環境先進国として世界をリードできるようになるのでしょう。「P...S」にまだ欠けているのは、例えば伝統的な日本社会が持つ「自然との共生」という姿勢、「勿体ない精神」、「環境倫理」や「製品の徹底的なトレーサビリティ」さらにはなどが考えられます。これらすべてが、決して「お金や物理的な解決策」でないことは、よくよく留意すべきポイントだとは思います。

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2011年1月 7日 (金)

1259 休題(カモが見えない)

今年は、前の木曽川にカモの姿がほとんど見えません。いつもの年であれば、猿尾(船着き場の流れを緩めるため、石を沈めた場所)の上に、マガモなどがびっしりと並んで、まん丸い胸を見せながら日向ぼっこなどしているのですが、同じ場所に今年は数羽程度しか見えません。

考えられるのは鳥の間にインフルエンザか何かが大発生しているような緊急事態です。鳥の渡りには、想像するにギリギリ命を懸けるくらいの体力が必要なのでしょうから、「風邪」を引いた状態では渡る途中で力が尽きて、数多くの鳥が落ちてしまった可能性もあります。おりしも、B国でもブラックバードの類が大量死したとか。あちらは、雷か物理的な事故が起こった可能性もありますが…。いずれにしても、鳥たちにとってもこの星が住みづらい場所になりつつあるのかもしれません。インフルエンザのVirusどもは、鳥、動物、人間、鳥など、循環的に宿主を変えながら、自身の姿も変えながら、生体の免疫網を巧みにかいくぐります。

宿主側ももちろん、宿敵に対抗するために免疫力を磨くのですが、環境の悪化はその力を削いでいる恐れがあります。環境の悪化とは、具体的には「急激過ぎる」気候変動や人間が作り出して環境に蓄積している化学物質などが考えられます。人間界で言えば、例えばアレルギー体質を持つ人の割合が増えている事なども、類似の事態なのかもしれません。

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2011年1月 5日 (水)

1258 環ビジ21(モグラ機械)

1/3日に書いた投稿に結論を書くのを忘れたので付け加えます。結局消えたCO2は、海底に沈降して厚く堆積して化石化(油化)し、地殻変動でドーム型の地形に隆起した結果、石油や天然ガスなど化石燃料の元になったのでは、というのが投稿者の推測なのです。

さて、いつぞや書いたミミズ機械ができるなら、モグラ機械も考えられるでしょう。モグラは悪者と考えられがちですが、決してそうではありません。モグラが餌であるミミズやオケラを探すために活発に活動した畑では、網の目の様にトンネルを掘られて耕されるため、土壌の通気性や水はけが良くなって、作物には理想的な土の条件に近づくはずです。そうであれば、人工的にモグラの通路の様な、空洞を作る機械があっても良さそうです。通常の耕運機では、深さ30㎝程度まで土を切り返し、土壌の通気性を確保しますが、この機械はモグラの体の大きさ(太さ)のドリルが、土の中で水平に移動するものです。掘り返さないので、大きな馬力の農業機械は不要で、草刈り機程度の小さなエンジンか、太陽電池程度で動く小型のモーターで十分駆動できるでしょう。動力軸は下向きになっており、べベル・ギアか可撓軸などで直角に向きを変えた水平軸でドリルビットを回します。モグラ機械ですから、自分が掘った土は上に跳ね上げるのではなく、後ろに移動させるだけなので、この機械が通った後は、本当のモグラが動いた後の様に、土が少しだけ盛り上がって見えます。

この機械のユニットを取換えて、垂直方向にも土を掘り返せる様にしておけば、畑の中に数多くの小さな縦穴ができ、土中深くまで上下の土の撹拌ができるかもしれません。モグラ機械が縦横のトンネルを掘り返してフカフカになった土壌では、植物が深く根を張り、病害虫にも強くなり、減農薬や減肥料でも収穫量はきっと増える事でしょう。

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2011年1月 3日 (月)

1257 休題(炭素の行方)

J.ラヴロックのかなり前の著作を読み直していて、行方不明とされている炭素の行方を改めて考えてみました。行き先は分からないが、収支上は存在しなければ辻褄が合わない炭素吸収源を「ミッシング・シンク」呼びますが、それは森林だ、あるいは海洋だと学者の間でもなかなか意見がまとまりません。まとまらない理由は、結構はっきりしています。彼らは、ある分野の専門家ではありますが、じつは学際的知識はそれほどでもない?可能性が挙げられます。つまり、偉い海洋学者や森林学者やあるいは気象学者が会議で額を寄せ集めても、互いの頭の中までは十分には理解できていない可能性も高いのです。

さて、どの分野にも素人の投稿者の見方ですが、気相の炭酸ガスが、液相の雨や海水に(炭酸となって)直接吸収され、そこに大量に固定されるとは考えにくいのです。つまり、大気中にPPM単位でしか含まれない炭酸ガスの「分圧」は非常に小さいので、海水に吸収されるのは、海水に溶け込む空気全体に比べれば、格段に少ないはずなのです。もちろん、溶け込んだ二酸化炭素は植物プランクトンに取り込まれ、固定はされますが、それらは動物プランクトンか魚類などに取り込まれ、代謝された結果また大気中に戻るわけです。

やはり、炭酸ガスの大きな部分は森林を含む植物に取り込まれ、根を通じて土壌中に固定されると考える必要がありそうなのです。土壌中に固定された炭素を含む物質は、地下水や河川を通じて海に流下し、想像するに太古には石油などの化石燃料の元になった物質として、海底に堆積すると考えざるを得ないのです。その物質の代表は、水に溶けない「フミン物質」ではないかとみています。豊かな照葉樹林が、炭素を含むフミン質などを海に供給し、そこで大量の植物プランクトンを育み、余剰分はやがて海底に堆積する、というストーリーです。

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2011年1月 1日 (土)

1256 賀詞(懐かしい未来)

明けましておめでとうございます。地球がぐるりと回転し、新しい年が明けましたが、自分の上でも干支が5回ほどグルグル回ってしまい、目が回りそうな齢にはなりました。このブログでは相変わらずの環境話です。元旦の今朝はたぶん寝坊していますので、これは自動投稿です。

年の初めに当たって、少し背筋が伸びる話題です。少し前に、ラジオで「懐かしい未来」という言葉を耳にしました。その意味するところは聞きかじりのため、詳しく中身を聞いた訳ではないので、この言葉から投稿者が連想した事を書いてみます。

多くの人にとって懐かしい事とは、たぶん子供時代の出来事でしょう。時代的に括るならば、平成の今の時代からみると、たぶん昭和、それも40年代か50年代前半辺りのことになるのでしょうか。西暦で言えば1960-70年代になります。1970年代中ごろの事ですが、この時代私たちや諸先輩は今の丁度半分のエネルギーの使用量で暮らしていました。住宅事情も決して恵まれてはいませんでしたし、一家に1台でも車があれば「御の字」でしたが、ほとんどの人は将来に夢を抱いて、明るく暮らしていたはずです。田舎の暮らしも楽ではありませんでしたが、父ちゃんの出稼ぎで足りない分を補い、新しい農機具も揃ってきた時代です。

電気で動き、かつて欲しいと思っていたモノどもは既にほとんどが揃い、一家に3-4台の車を保有し、どこでも歩きながら電話し、季節外れの野菜や果物や世界中の食べ物も病気になるほど食べ、しかもその3割を食べ残してしまうこの社会、やはり何かを変えていく必要性を、多くの人が感じ始めている昨今です。

どの様に変えるのが正しいのか、本当のところは神様しか知らないのかもしれませんが、分からない時は「取り敢えず少し前に戻ってみれば」というのが投稿者の提案なのです。勢いで買ってしまったモノどもは、なにもいきなり捨ててしまう必要はありません。粗大ゴミが増えますし。電化製品はコンセントを抜き、携帯電話は部屋に置きっぱなしにし、あるいは車は駐車場に入れっぱなしにします。とりあえず、1970年代の生活を思い出して再現してみれば良いのです。当時テレビは一家に1台しかなかった筈ですから夕食後は一家揃って観たでしょうし、若者も孤独ではなくラジオの深夜放送で「つながって」いたはずです。そんな生活を数日続ければ、「懐かしい何か」が蘇ってくるのだと想像します。その懐かしさを持続させるためには何が必要か(あるいは何が不必要か)を確認してみれば、「懐かしい未来」の青写真が見えてきそうな気がするのです。

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