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2011年5月12日 (木)

1374 経済のレンズ

経済とは、モノとお金を回す仕掛けの一つだと定義できます。その仕掛けに「経済しかないのか」と問われれば、今はそれが唯一無二と考えている人が大多数だというしかありません。かつて、赤い国々では、少し異なるシステムで国を動かしていましたが、ほとんど失敗に終わってしまいました。一方で、経済はその規模拡大が前提となっている、「かなり癖のある」システムでもあります。つまり、何某かの経済成長が無い経済システムは、やがて行き詰るという悪い癖がありそうなのです。私たちは、その時々立ちふさがった行き詰まりを「恐慌」などと呼んだりしてきましたが、緩やかな行き詰まりはなんと形容したら良いのでしょうか。仮にそれを「緩やかな恐慌」と呼ぶ事にすれば、現代社会がその過程には突入していない、と誰も断言はできないとも思います。

ところで、経済はさながら拡大レンズの様にも見えます。それを通して眺めると、世の中が大きく、楽観的に見えるのですが、このレンズの特徴として、どうしても周辺部分に「歪み」が出るのです。経済の歪みとは、平たく言えば貧富の差の拡大に代表されます。そのほかにも、モノや資源の偏在と歪んだ集中も起こります。

ところで、最近替えた投稿者のメガネは、かなりの乱視が入っているものなのですが、レンズに周辺が歪んで見えない改良(非球面レンズによる収差改良)が施されている様です。経済のレンズにも同様の工夫が出来ないか、まじめに考えています。そういえば、カメラにも「合わせレンズ」という技術がありました。経済にも「合わせ経済」があっても良さそうですが…。本件はもう少し「焦点」がはっきり絞られたら、さらに議論を進める事とします。

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コメント

再生可能エネルギー社会は可能かどうかという考え方には、エンジニアの考え方が必要になってくる。その観点は1メンテナンス度合い、2エネルギー効率の二つに大別される。1はメンテナンスフリーの発電を開発できれば、いくら初期コストがかかってもいずれ採算がとれるということになり、それが何年前倒しにできるかというのが後者となる。これらを統括するのがいわゆるトライボロジーという技術なのだが、その重要性の社会的認知度が低いのが、この議論が前に進まない原因だと思う。

投稿: ベアリング技術者 | 2013年11月 4日 (月) 09時56分

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