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2011年5月14日 (土)

1376 環境破壊の不可逆性

これも別の形で書いた(と思っている)テーマですが、原発事故を想いながら書き直す事とします。放射能に限らず、本来環境中に高い濃度で存在しない物質は、それを分解・代謝する自然の仕組みもほとんど存在しないか、十分ではない筈です。例えば、PCBという化学物質があります。塩素を含む高分子の一種であるこの物質は、液状であり熱安定性や化学的安定性に非常に優れていたため、その毒性には目をつぶって、トランスなどの絶縁油として多量に使われました。しかし、しかしそれが環境に放出された場合、「難分解性」という特長が仇になって分解が進まず、環境汚染は非常に長い期間に亘って続く事になりました。いまだに多くの施設では、費用が掛かるので、PCBを内蔵する電気設備などは地下倉庫に保管したままとなっている事でしょう。一方。間違って放出されたPCBは、薄く拡散する事はあるでしょうが、自然に無毒化される速度は気が遠くなるほど緩慢です。

放射性物質に関しても、事情は全く同じことで、確かに放射線を発する能力(放射能)には半減期がありますので、数日~数百年も経てば、それは徐々に弱まるのでしょうが、基本的には環境へ薄く拡散するのをじっと待つしかない汚染の一つであることは言うまでもありません。つまり、多くの環境汚染の場合、汚染の原因物質は環境中に物理的に拡散・浸透するという「不可逆な過程を経る」事が問題の本質だと言えるでしょう。もし、その物質が目に見えていて、しかも塊になっているのであれば、手間は掛かりますが一個一個拾い集めて回収すれば良い訳ですが、環境中に浸透・拡散した汚染物質への対策は、大量の環境物質(水や大気や土壌など)と混ぜて濃度を薄めるか、地下に穴を掘って埋めるか、自然に拡散して薄まるのを座して待つしかないという事になります。

これらの汚染に対しての対策は、原因物質は今以上生産しないで、既に作ってしまった物質はそれを破壊する技術を開発し、ひたすら神経質になって排出を抑制するしか方法は見つからないでしょう。

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