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2011年5月19日 (木)

1381 予測ではない意志

将来あるべき社会を考える時、よく「予想や予測」が行われます。あまり責任の無い予測を「夢」と呼んだりします。投稿者の子供の頃の「夢」は、フォン・ブラウンの様な「科学者」になってロケットや手塚のアトムや横山の鉄人などを作る事だった様な気がします。投稿者は、少し長じてもこの夢をあまり曲げずに「総合重工業」と呼ばれていた企業に就職したのでした。

さて、その中で最初は造船事業部の機関技師、残りの2/3のキャリアは、航空機の生産技術者と呼ばれる仕事をこなしてきたわけですが、結局は環境問題という大きな壁に突き当たったのでした。もちろんその見えない壁を打破する事などできるはずもなく、尻尾を巻いて引き返し、モノを作らない環境屋になったのでした。モノ作りの代わりに始めた事は、このブログでも縷々書いているように、20世紀の反省と、来たるべき社会の望ましい姿への提言でした。その姿は、決して予想や予測では見えては来ません。20世紀人にとっては、初めて踏み込む未踏の道でもあるからです。本質を見抜く力と、方向を見定める知恵と、併せて強い意志が必要でもあります。

しかし、それは全く見えない道などではない筈です。確かに、鬱蒼と茂るグローバル経済や大量生産・大量消費や廃棄物、温暖化などの「ジャングル」に覆い隠されてはいますが、その道は確かに少し昔には自分たちが通ってきたはずの道だと思うのです。その踏み分け道は確かに細く、枝道も多いものではあります、正確なコンパスと地図さえ携えていれば、ゆっくりならば前に進めるはずなのです。コンパスとは、常に行き先を指し示す意志であり、地図(ロードマップ)とは目的(たぶん持続可能性に照らして正しい社会?)に至る道程だと言えるでしょう。今この国には、そのコンパスすら見当たらないのは悲しい事です。

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