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2011年8月30日 (火)

1477 この国の行く末

新しいリーダーの誕生に際して、一人の国民として、この国の行く末を心配してみました。世界的な閉塞感の中で、この国も内外に憂いを抱えています。憂いというよりは、患部といった方が良いかもしれません。資源をほとんど持たないこの国は、資源を輸入し、それを加工して外貨を稼ぎ、それでエネルギーや新たな資源や食糧を買うしかない体質の国になってしまいました。それは、投稿者が子供の頃から一貫してこの国の施策であり続け、国や社会の構造もすっかりそれに対応して構築されても来ました。そういえば中学の社会科でも「加工貿易」なる言葉を習った様な気がします。

しかし、国を取り巻く状況は、特に新しい世紀入って数年で明らかに変わってきました。それは、この国の原動力であった輸出に陰りが見えてきた事に象徴されます。直接的には、アジアの諸国、とりわけC国やK国の台頭があり、Iンドの追い上げなども加わってきました。何を作って、どこの国にいくらで売るのか、し烈なシェア争いの末に、結果的に敗れる商品市場が増え、撤退も相次いでいる訳です。加えて、この円高が追い打ちをかけています。いくら品質が高い商品でも、値段が競合製品の2倍ではとても勝負になりません。例えば車です。現地メーカーの50万円の戦略車に対して、現地での売値が100万円となる輸入車では、庶民が買えるのは前者に決まっています。電化製品でも事情は全く同じでしょう。外貨を稼いでいた、車、電化製品、プラントなどなど、円高で一度シェアを失ってしまえば、その回復は非常に困難でしょう。

さてこの国は一体何で食っていくのか。新しいリーダーに秘策はあるのか。残念ながら、震災復興や原発収拾などの内向きの課題や政局に振り回されている限りあまり期待はできません。そうであれば、私たち一人ひとりが、これからの飯の種を考えて行かなくてはならないでしょう。このブログでも、環境ビジネスというカテゴリーですが、いくつものビジネスの枠組みを提案してきましたが、それがどのようなビジネスであれ、その視点は少なくとも50年後を見据えなければならないでしょうし、何よりそのビジネスは「持続可能性」が十分に高いものである必要もあります。当然の事ながらこのテーマは永く続きます。

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