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2011年11月 5日 (土)

1535 デフォルト

「デフォルト」が国際的な流行語になりそうな様相です。そもそも債務(借金)は、(生きていくための最低限の借金は別にして)多くは身の丈を超える暮らしや企の実行のためにするのでしょう。身の丈はそれほど越さなくとも、例えばお金を貯めてから家を建てるのでは、普通のサラリーマンは下手をすれば老いぼれてしまってからでないと自分の家が持てないでしょう。将来の自分の収入を担保として差し借金を背負いこめば、若いうちにどうにか郊外の住宅団地にささやかなワイホームも持てる事になります。しかし、家などと言うものは、それを背負って墓に入る訳にもいかない限り、一生借家で済ます選択肢もあるはずです。

手に入る収入の範囲内で暮らすのは、長い間多くの国々で、庶民が生きていく際の「オキテ」だったはずです。しかし、通貨が生まれ、小金を貯めた人間(金貸し)が現れて、貧しくて当座を乗り切るためのお金が必要な庶民の前にニンジンをちらつかせて金を貸し、高い利息を稼ぐ上手い商売を発明したのでした。昔から夜逃げなどで謝金を踏み倒す事は多々起こった事でしょう。しかし、逃げ指す訳にはいかない法人や個人、今は一国が、借金は払えないと尻をまくる事は、合法的或いは普通にあり得る話になりつつあります。

しかし、考えてみればニッチもサッチもいかなくなる前に、打つ手はあったはずなのです。この国の借金も、最初から900兆円もあった訳ではなかったでしょう。警鐘は、バブル崩壊後に景気浮揚のために行った国債乱発の大盤振る舞いの結果、国の歳入の何倍にも達した時にも激しくならされました。消費税の増税は、時の政権にとっては「猫・鈴」案件であったため、誰もそれを言い出しませんでした。雪だるま式に膨れる借金問題の本質は、誰もそれを止める人が居ない状況にあるのでしょう。Gリシャの債務も、金を貸した側、それを見過ごした全ての当事者にも責任があります。さて、この国の債務は一体何処に向かうのでしょうか。とは言いながら、この国の国債を買っている人はお金持ちだから、まっイーか、かも知れませんが・・・。

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