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2011年11月 9日 (水)

1539 錬紙術

光学機器メーカーの老舗が死に体の様です。詳しい経緯は別にして、投資によって利益を上げようと必死になっている企業は数多くあると想像しています。何故誰かが労せずして金儲けをした場合、誰かが損をすると言う簡単なルールが、無視され続けるのか、何故、地道に「本業」に取り組まないのか、やはり理解に苦しみます。カメラが駄目だから、株主に褒められるために投資(ちょっと懐かしい言葉では財テク)に走ったのかもしれませんが、それしても度を超しています。

環境坊主の立場から言えば、例えば誰も損をしない夢のような投資話が存在すると仮定しても、最後は環境に甚大な影響を与える収奪により、地球から資源を掘り出さなければ、どうしても帳尻は合わない事は明白です。そうではない「普通の儲け話」の場合には、間違いなく誰かが儲けたのと同じ額を誰かが損をしている事になります(=ゼロサムゲーム)。20世紀の右肩上がりの時代には、一方で石油や地下資源を多量に掘り出して素材を作り、それを元に洪水の様に製品を作り続けていた訳ですから、見かけ上は夢のような投資話が存在したかもしれません、がしかし、今は時代が違います。

化学が万能と考えられていた古の時代には、化学によって鉛が金(Gold)になると言う錬金術(Alchemy)が信じられていました。さて、金融が万能と考えられているこの時代には、紙切れ(債権)が金(Money)を生むという「錬紙術」が信じられているのでしょうか。しかし、鉛から金が出来ない様に、ただの紙切れからお金がザクザクと生まれるはずもありません。結局は巡りめぐって誰かが損を出さない限り、紙がお金を生むはずもないのです。余り儲からないかも知れませんが、やはり本業の中で地道に、顧客に信頼される製品を生み出し、ささやかですが適正な利益を得る事に勤しむべきでしょう。品質の付加価値を上げて、安定的なリピート顧客を得る事しか、企業が長く生き残る道は無い、と経営者は腹をくくるべき時代ではあります。

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